「デジタルコンテンツ産業概論」特別ゲスト 河口洋一郎氏(東京大学教授)
~世界で活躍するCGアーティストが語るCGの世界~
「ニューメディア」発行人、天野昭先生の授業「デジタルコンテンツ産業概論」に、世界的CGアーティストの河口洋一郎氏がゲストに来てくださいました。「目の前にある普通のものを普通だと思わないで、自分がこうしたいという願望があったら、スクリーンでも、CGでも、映像であっても何でもできる。自分がこうしたいということを持っていることが重要だと思うんです」そう熱弁してくださった河口氏。その「こうしたい」を実現してきた道のりを語っていただきました。
想像とは思えない細かく正確なデッサンの数々
コンピューターグラフィックス(CG)は1970年代ぐらいから世界でも初めは少人数の人が始めてきた世界でした。特に産業寄りに使われることが多かった中、芸術という分野に持っていったわずかなうちの一人が河口洋一郎氏です。
河口氏がCGを始めたのは1975年。世界最高峰のCGの学会かつ祭典のシーグラフ(SIGGRAPH)に初参加したのは1979年。当時はまだ会場もひとつのホテルで、参加者も数千人と小さな大会だったそうです。
その際にアメリカのCGに色がついていたことに驚いたという河口氏。その頃の日本のCGは、線画の白黒だったのです。
そこで受けた衝撃を糧にしてその3年後、今度は河口氏が世界を驚かせることになります。
巻貝の自己増殖に影響を受けたグロースモデル (Growth Model)
1982年シーグラフの大会の全体会議がボストンで開かれました。
当時コンピューターは高価で、計算が遅かったため、CGの鉄則として「曲面を使ってはいけない」「直線を使う」「物体、ポリゴン数は少なくする」とあらゆる条件や制約がありました。そんな中、河口氏が発表した作品は全てが逆。「曲面だらけ」「物体数が多い」「直線は無い」。非常に鮮明な色で、形が自己増殖するCG『グロースモデル(Growth Model)』です。プログラムによってひとつの絵が自分で勝手にどんどんと変化をするものでした。見ていた全員が立ち上がっての大喝采。天野先生もその場にいた数少ない証人です。
この『グロースモデル』は、「手書きで描いたアニメーションと同じことをやってもつまらないと思い、それまでできなかったことだけを徹底的にやろう」とコンピューターで特異なかたちを出した結果でした。
巻貝の自己増殖に影響を受けたという河口氏。「重要なのは、個人個人の今までの生い立ちや特徴をうまく出すことですね。自分にしかないオンリーワンを出すのです」と語る河口氏の作品にも、生まれ育った種子島の影響がオンリーワンとなって現れています。
自然に学ぶというのが鉄則。ネイチャーテクノロジーは偉大
「海の底にいる魚を見て、なぜ美しいんだろう?と原因を探ったんです。光の計算までしました」河口氏は機能や形を真似るだけでなく、さらに一歩進んだところまで考えます。「自然に学ぶというのが鉄則。ネイチャーテクノロジーは偉大、これが僕の子供のときからの考えなんです」今はくらげや魚、蝶々などあらゆる物をアートにしよう、そして最後はロボットにしようと考えているそうです。
サバイバルとしてのCGアートをやっている
自然からの学びと子供のときからの宇宙に行きたいという夢が繋がり、現在では宇宙を安全に探査していくロボットを、生き物を参考に研究中。
「サバイバルとしてのCGアートをやっているんです。水圧が高い深海でもアンモナイトやオウム貝は重力をうまく逃がして、貝殻が薄いのに割れずに生活しています。だから貝殻を参考にして水圧に強いロボットを作れば木星と土星に行ったときにも、強力な重力にも勝てると思うんです」
また宇宙で敵と出会った時のシミュレーションも欠かしません。「蝶々はたった4枚の羽でランダムに飛んで敵から逃げます。その方法を物理計算するわけです」見せてくださるロボットは生き物をかたどっているため、どこか可愛らしい。くらげ型ロボットがうじゃうじゃと火星を歩く映像には教室から笑いもこぼれました。
世界中のテレビと映画をでこぼこするやつに変えようという壮大な計画がある
2006年にシーグラフで発表したスクリーンが映像に合わせて、でこぼこするという作品も、子供のときからの画面の向こうの凹凸に触りたい!という思いを実現したもの。「世界中のテレビと映画をでこぼこするやつに変えようという壮大な計画がある」と語る河口氏の言葉に、多くの学生も子供の頃から持つ「こうしたい」がよみがえったのではないでしょうか。CGの面白さと可能性の広がりを改めて感じることの出来た充実の90分でした。
(取材・ 原稿/小島千絵)
[河口洋一郎氏 プロフィール]
CGアーティスト。東京大学大学院教授/情報学環。1952年鹿児島県種子島生まれ。1976年九州芸術工科大学画像設計学科卒業(現、九州大学)1978年東京教育大学大学院修了(現、筑波大学大学院)。 1992年より筑波大学芸術学系助教授、1998年より東京大学大学院工学系研究科・人工物工学センター教授、2000年より東京大学大学院情報学環教授。 1975年からCG(コンピュータグラフィックス)に着手し、世界的CGアーティストとして活躍中。1982年国際学会SIGGRAPHに「グロースモデル」を発表し、一躍世界の注目を浴びる。国際大会でのグランプリ多数。第100回ベネチアビエンナーレ日本代表芸術家に選ばれるなど、国際的な活躍をし続けている。2000年以降に発表している作品「ジェモーション」は、反応する情感コミュニケーションがテーマのインタラクティブな作品。















