映画『のだめカンタービレ最終楽章』前編・後編ができるまで
累計発行部数3300万部を突破、日本中にクラシックブームを巻き起こした大人気コミックス「のだめカンタービレ」。2006年からのドラマシリーズも大好評を博し、遂にシリーズ完結編として映画化が実現。昨年12月に公開され、動員330万超を記録した、“前編”に引き続き今春4月からの“後編” も大ヒット。今回、デジタルハリウッド大学では、5月20日に映画『のだめカンタービレ最終楽章』の前編・後編を担当した武内英樹監督と、プロデュースを担当した若松央樹氏をお迎えし、公開講座を開催しました。テレビドラマの誕生から映画『のだめカンタービレ最終楽章』の製作秘話、製作プロセス、監督・プロデューサーの役割などを語っていただきました。
まずはドラマ化しようとしたきっかけを教えてください。
若松プロデューサー:
『のだめカンタービレ』に出会ったのはコミックが3巻くらいまで出た時期です。面白いと感じたと同時に、未だかつてこのようなギャグタッチの漫画がドラマになったことはないと思い、講談社さんに原作権はどうなっているか確認しました。原作ものが流行り始めていた時期であり、やはり人気がある作品だった為、他局からもドラマ化したいという話は出ていたそうですが、“クラシックを真摯に受け止めていただきたい”という原作のポリシーをしっかりやっていきます!と交渉し、契約を結ばせてもらいました。
のだめの監督を依頼された時はどんな状況でしたか?
武内監督:
その頃は毎日秋葉原に通っていて『電車男』を撮影していました。そんな時にクラシック!?となりましたね。実は私は初めて読んだときは原作の魅力がなかなかつかめませんでした。ですが、原作ファンを裏切りたくなかったので、この原作を面白いと思っている人や、音楽大学の人を集めてもらい、知り得ない情報や細かいツボがこんなにあるんだと知って、面白さが分かってきました。漫画を読み、こんなに個性的なキャラクターばかりいるわけがないだろうと思っていたのですが、音楽大学の人と会えば会うほど、個性的な人が多く、なぜだろう?という探究心が生まれたのを覚えていますね。
キャスティングについてはどんな基準で決められたんですか?
若松プロデューサー:
ドラマでは先にキャスティングありきの場合も多いのですが、今回は企画が優先でキャストは決まっていませんでした。これで大変なのは、すでに売れている俳優さんはスケジュールが埋まってしまっていることが多いということです。そこで、今回は活躍し始めたばかりの若手を沢山集めることにしましいた。上野樹里ちゃんは役への捉え方が非常に入り込むタイプと知り、のだめは変わったキャラクターなので小手先で演じるタイプではなく樹里ちゃんのような方に演じてもらいたいと皆の意見が一致しました。千秋はルックスははずせないというところから入りました。原作でも一目でキャーキャー言われるキャラですからね。顔が良くてさらに芝居もうまい人。ちょうどその頃、月9(フジテレビの人気ドラマ枠)に連続で出ていて勢いがあった玉木くんで意見が一致しました。
武内監督:
ドイツ人のミルヒ(フランツ・フォン・シュトレーゼマン)役は悩みましたね。外国人を起用して字幕となると面白さが半減します。そこで、竹中さんなら何でも乗り越えられるのではないか、と考えました。付け鼻も、ご本人が付けようと言ってくださったので、嬉しかったです。
若松プロデューサー:
瑛太くんと小出くんに関してはよく引き受けてくれたなぁと思います。やはり役者は、チャレンジできる役をやってみたいと思ってくださるんですね。瑛太くんも金髪の役など演じたことがなく、もの静かな役が得意なのですが、テンションを上げて演じてくれました。小出くんに関してはアフロの乙女ですからね(笑)。
スタントマンやCGも入っていて、とても手間がかかっているドラマですね。
武内監督:
原作ファンを納得させる、という目標を定めたので、原作の表現を映像ならではの形でどう表現できるかを考えました。のだめがやたらと殴られるのが悩みどころでした。本人でも撮影したのですが、どうしてもキレが悪くなるので、面白味にかけます。その点、最初は人形なんて使わないだろうと思っていたのが、試しに使ってみるとありえない飛び方が面白く、キレが出て、使っていくことに決めました。1話の飛行機が着陸するシーンで、ふらふらとありえない着陸のカットを入れることで、この作品はB級ですよ、まじめに見ないでくださいね!という雰囲気を出しました。しかし、最終的にはクラシックで綺麗にまとめる。そのバランスが難しいところだったと思います。第4話まではこれでいいのかな?と首をかしげながら作っていましたね。
オーケストラの演奏シーンはどうでしたか?
武内監督:
オケのシーンは最初すごく時間がかかったのですが、回を重ねるごとにシステム化されていき、素早く撮れるようになりました。私はオケに対して直接演出は出来ないので、指揮者の方に芝居をつけるような形で、指揮者にここはもっと強く、など指示して録画し、玉木くんに見てもらって演じてもらいました。1週間に1本撮影しますから、玉木くんもほとんど徹夜で練習してくれていました。最初の頃のシーンを今観ると恥ずかしいと玉木くん本人も言っていましたよ。玉木くんと役柄の千秋がともに成長していくという点で、ドキュメンタリーの要素もありますよね。
連続ドラマのあとにスペシャルドラマがありましたね。どういった経緯でスペシャルドラマ化されたのですか?
若松プロデューサー:
原作を知っている方なら分かると思うのですが、10巻からヨーロッパに行ってしまうので、テレビ局的にはもうこれで終わりだなという雰囲気でした。もちろんとても評判がよかったので、ヨーロッパに行かずに日本で出来ないかという声もありましたが、これだけ原作にこだわって作ってきたので、ファンを裏切れないし、ヨーロッパじゃないと出来ませんよね。そんなときに、新春のスペシャルドラマなら予算がとれるから出来るかもしれない!とひらめきました。それでもお金の壁、言葉の壁、キャストの壁・・・と話し合いを重ねてなんとかクリアする方法を編み出して作っていったのがスペシャルドラマです。
武内監督:
テレビドラマ最終回でかっこよくオケが撮れてとても楽しかったんですね。連続ドラマではギャグの面を前面に押し出していたので、スペシャルドラマの話が出てきたときに、本場で撮れたなら、恋愛の部分など、連続ドラマでは描けなかった部分も広がった表現が出来るのではないかと夢が広がりましたね。
そしてその後映画化したわけですが、映画化は考えていたのですか?
武内監督:
スペシャルドラマを制作したときに映画を撮りたいなぁと思いましたね。シネマスコープだとオケのおさまりもいいし、千秋の手の振りの収まりがよくなるし、プラハの景色も映えますから。
制作していく上で大変だったことは何ですか?
若松プロデューサー:
スペシャルドラマでは大規模な海外のロケが初めてで、お金の工面が一番苦労しました。なんとかなると思っていたのですが甘かったですね。費用を削るには滞在日数を短くするしかないので、あれだけ仲良くなったスタッフに大変な思いをさせてしまったのが、申し訳なかったです。1月にスペシャルドラマを放映し、その春に映画の話が具体的になってきたのですが、クラシックの世界は前倒しでスケジュールを決めていく世界なので、2年後くらいまですでに予定が決まっていてホールを押さえるのが大変でした。
武内監督:
ホール探しの旅では何カ国も廻りました。30分見たら、使えるか使えないかが分かってしまうので、だめだ!とわかってすぐに他の国に飛びました。ホールをおさえることを最初にやらないと撮影に入れないので必死でしたね。また、どこのオケに演奏してもらうか、どの曲を演奏するかの選曲など、クラシックドラマならではの悩みも多かったです。映画の後編は今まで助監督をやっていた方が監督になって制作してもらいました。前編とは違うイメージでやりたかったので曲もかなり渋めな選曲をし、音楽的な成長と音楽の高みをめざす二人の成長を表すような作品にしてほしいと伝えていました。音楽を通して恋愛を表現する作品に仕上げたかったのです。
最後にプロデューサーを目指す人、監督を目指す人へメッセージをお願いします。
若松プロデューサー:
やはり作品には自分の色を出していきたいし、いろんな方面に波及を及ぼすものを作りたいと思っています。今回もクラシックというものを間口広く敷居を低くしたいという裏目標がありました。のだめを見てクラシックに興味を持ってくださった方がいらっしゃり、とても嬉しかったです。そういった作品を作り出せるのは非常に面白い仕事です。
武内監督:
私は何にでも興味を持って楽しんでいます。題材になっている業界の現場に行って話を聞き、色んなジャンルの人からいろんな取材をできる、好奇心旺盛な自分としては楽しい仕事です。だから皆さんにも常に情報をキャッチする網をはっていてほしいです。網を細かくはればはるほど引っ掛かるものが多くなっていきます。よく遊び良く勉強というのが大事です。私もそうして、人の心を動かして1歩踏み出したり夢がひろがったりする作品を今後も作り続けていきたいと思っています。
(取材・原稿/小島千絵)















