製作総指揮者と監督が語る
『RAILWAYS-49歳で電車の運転士になった男の物語-』ができるまで
映画『ALWAYS三丁目の夕日』で、かつて日本が元気だった時代を、21世紀によみがえらせた阿部秀司氏が、『RAILWAYS』で再び日本人の共感を得る物語を贈ります。
主演は中井貴一、共演に高島礼子、本仮屋ユイカ、奈良岡朋子とこれがデビューの三浦貴大。監督は、本作の舞台でもある島根県出身の錦織良成。
今回、デジタルハリウッド大学では製作総指揮を担当した阿部秀司氏と錦織良成監督をゲスト講師にお迎えし、映画プロデューサーの役割、映画製作のノウハウ、ヒット作品の作り方等を語っていただきました。
この映画が出来るまでのプロセスをうかがいたいのですが、いつごろ、なぜ作ろうと思ったのですか?
阿部氏:
2008年12月がこの作品との初めての出会いでした。今回、色々な作品の映画化の話しが持ち込まれてくる中で、“BATADEN(バタデン)”と呼ばれて親しまれている一畑電車という私鉄をテーマにした映画を作りたいという話が舞い込んできたのです。島根県を舞台にしたの映画を作っている錦織監督が温めてきた作品で、49歳、50歳くらいの普通のサラリーマンが一念年発起して電車の運転士になる話でした。私自身、鉄道が大変好きで機会があれば鉄道の運転士になりたいという気持ちも少なからずあったこともあり、この映画を大きくしていきたいと思いました。中年の方に勇気を与えるのではないか、というところからどんどん脚色していきました。
映画化しようと決めた後は、どのように話を進めていくのですか?
阿部氏:
映画というのは色々な形で成立するのですが、映画で一番大事であり、難しいのが優先順位のつけ方です。キャスティング、配給、お金と様々な要素がありますが、私は、配給会社はとても大きな要素だと思っています。というのも、映画を一つの商品だと考えると、売る場所が大事になってきます。売る場所がないと世の中に出ないため、営業力を持っている所に持っていかないといけません。しかしその配給会社を決める際に、監督やどんな内容なのかをしっかり決めていないと、配給会社も売り方を考えられませんので、その時点ですでに細かく決めて持っていく必要があるのです。そういう事をきちっとできないとプロデュースは出来ないと思いますね。
配給会社を決める際に、細かく詰めた企画書にはどのようなことが書かれているのですか?
阿部氏:
企画書というのはシナリオですね。ストーリーや誰が作るか、誰が出演するかなども書いていきます。製作に関して今回は製作委員会方式をとりました。例えば、製作委員の1つにテレビ局があります。テレビ局と組むと大きなプロモーションになります。ではなぜテレビ局が映画を製作するかと言うと、もともとは自分たちのチャンネルで優先的に映画を放映するためにテレビ局が映画を作り始めました。現在では、放送事業の収益が低くなってきた影響もあり、放送外事業収益に頼るようになりました。テレビドラマで知ってもらって、映画にするというビッグビジネスが生まれています。出版社はノベライズ化することでビジネスになりますし、それぞれがビジネスを分担しつつ、1つのプロジェクトを大きなビジネスにしていこうというのが製作委員会方式です。
ストーリーはオリジナルですね。
錦織監督:
オリジナルの原作で、なおかつ中年が主人公の映画は日本ではなかなかありません。外国では多いのですが、日本では若い人が主人公で若い人向けじゃないと売れないと言われています。しかし、阿部さんが「中高年の観る映画がないから作るんだよ!」とおっしゃってくださり、作ろうと決意しました。電車の運転士の映画がないなぁと思って企画を阿部さんの所に持って行ったのですが、まさかこんなに阿部さんが鉄道好きだと思っていませんでした。阿部さんが「今は線路の幅が違うから走っているはずがない」とおっしゃって。それくらい詳しくて驚きました。
キャスティングはどのように決めましたか?
阿部氏:
中井貴一さんの出演が駄目だったら映画化自体が白紙になるのでは、と思うくらい、中井さんに演じてほしいと思っていました。何度も足を運んで頼み込みましたね。次に中井さんの奥さんは誰だろうと考えた時、高島礼子さんがいいと思い、お願いしました。また、中井さんの母親役は奈良岡朋子さんにお願いしました。若い人は知らないかもしれませんが、すばらしい女優さんです。出演してもらえたら最高だなと思っていたら、奈良岡さんが「若い人にはこういう映画を観て欲しい」と言ってくださり、涙が出るほど喜びました。主人公の同僚で青年運転士役としては、三浦友和さんの次男三浦貴大くんが俳優デビューすると聞き、会った瞬間にぴったり!と思ってキャスティングしました。新人運転士ということでシンクロする役ですし、役の中で成長していく点は三浦友和さんも喜ばれていました。
撮影はどのように進んでいったのですか?
錦織監督:
基本的には集中力をもって、なるべく1回でOKにしようとしていました。和気藹々とはしていましたが、緊張感がありましたね。キャスティングの時点で、この脚本なら出演したいと気に入ってもらっている皆さんとの信頼関係が、この映画をいい映画にしようというモチベーションに繋がっていきました。技術だけではなく、パッション、想いがいい作品にしていくと思います。
撮影時の大変だったエピソードはありますか?
錦織監督:
いくら撮影といえども、運転席に入ってはいけません。通常であれば止めた電車に入ったり、シミュレーターでブルーバックを貼ったりする方法を採るしかありません。アメリカのようにフィルムコミッションが発達していない日本では許可取りがとにかく大変でした。ですが、最終的にはCGを使っていないにも関わらず、CGだと思っていた人もいたくらい、リアルに運転しているように見える映像を作り出すことが出来ました。
プロデューサーの役割について教えてください。
阿部氏:
プロデューサーの役割は、キャスティング、配給、脚本を作り、どうしたら売れるだろう、どう宣伝したらいいだろうとクランクインするまでの仕事がメインです。現場ではやることがありません。そして映画が完成してからまた宣伝を進めていきます。宣伝には答えがないから辛いですね。サブタイトルで「49歳で電車の運転士になった男の物語」と入れましたが、これもかなり悩みました。それだけがテーマでもないし、親子の話や社会的テーマもあります。鉄道映画に見えても困ります。人間ドラマですから。また、宣伝のターゲット設定も難しいです。今回のターゲットが主人公と同じ中年層だったわけですが、一番映画を観に行かないといわれている層です。ですが、観に行かないのではなく、観に行く映画がないと思うようにし、常に市場はあると考えています。
映画を作りたいという学生にメッセージをお願いします。
阿部氏:
映像を作ることは素晴らしいと思います。自分でも携わってこれてすごく幸せだと思っています。ただ、映像を作るからには人に何かを与えなくてはなりません。家族のことを思ったり、明日何かしてみようと2分3分思ったりするだけでも、作った甲斐があります。人生を変えることもあるかもしれない。映画にはそれくらいの力があると思います。ですからみなさんには映画をもっと観てほしいですね。例えば、横綱になりたいとします。その場合、自分の体のことはよく分かるので、なれるかなれないか判断が出来ます。憧れはあるけれど、なれないものはどうしようもありませんよね。しかし監督やプロデューサーは誰でもなれますし、向いているか向いていないかが主観ではなかなか分かりません。監督向きかどうかを客観的に見るためには勉強するしかありません。その勉強というのは、嫌いなものを学んだらいいと思います。好きなことをやるのは勉強ではありません。嫌いなものを一生懸命やるのが勉強だと思います。
錦織監督:
その通りだと思います。他の人と同じことを考えていたら企画もできません。この映画もみなさんの年代に観てほしいです。いつかは年をとりますからね。みなさんの年代で撮れる映画もあると思うのですが、年齢を問わないメッセージもあります。背伸びをしろとは言いませんが、普段見ないようなものや、食べたことのないもの、行ったことのないような場所に、驚きがあるのではないでしょうか。選り好みをしないことは大切です。
※最後に学生からの質問に答えていただきました。
お二人の夢を聞かせてください。
阿部氏:
勝海舟という人がいますよね。「これでおしまい」と言って亡くなったそうです。いい言葉ですよね。満足したってことですからね。人生終わるときにそう言えるかどうか。僕も満足して人生を終えることが夢です。
錦織監督:
私もちょうど死生観というのを考えていて、1年1年を大切に生きています。夢は映画を作って、一人でも多く人生が僕の映画で変わった、心を動かしたという仕事をしていくこと、そしてやはり死ぬ時にいい人生だったと思って死にたいですね。
(取材・原稿/小島千絵)















