神山健治監督が語るオリジナルアニメ『東のエデン』ができるまで特別講座
- 過去に開催した公開講座

開催日時 |
2010年 |
---|---|
場所 |
デジタルハリウッド大学 |
神山健治監督が語るオリジナルアニメ『東のエデン』ができるまで
情報編集の意味と必要性について学び、実践しながら、編集の考え方と技法を身につける福岡俊弘先生の『情報編集』の授業。今回は『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』シリーズ、『精霊の守り人』などのテレビアニメ作品で高い評価を得ており、最新作ではテレビアニメとして放映され、続編が2本の映画になった『東のエデン』シリーズの原作・脚本・監督を務めた神山健治氏をゲストにお迎えし、オリジナルアニメの製作過程を細かく話してくださった講義の一部をお伝えします。
『東のエデン』はTVシリーズが2009年にフジテレビの"ノイタミナ"というアニメ枠で始まりましたが、企画はどのように始まったのですか?
2007年の暮れに"ノイタミナ"のプロデューサーが、『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズを全話観てくださり、声をかけてくれました。"ノイタミナ"は月9のドラマ枠を見る人が観られるようなアニメ、というコンセプトのもとスタートしたアニメ枠。そこで放映できる『攻殻機動隊 S.A.C.』を作って欲しいという相談でした。具体的には、視聴者の6~7割が女性。データによると女性がチャンネルを変えてしまう最大の要素がミリタリー要素だそうです。もちろん『攻殻機動隊 S.A.C.』を見てくださる女性もいますが、幅広い女性に観てもらうためにはミリタリー要素を抜かなくてはいけないということになりました。まず拳銃が出てくるとだめ、乗り物もランドクルーザーのようなものは大丈夫だけど装甲車はだめ。『攻殻機動隊 S.A.C.』からミリタリー要素を取り除くのは難しいと思ったのですが、すごく真剣だったので、課題だと思って取り組みました。物語を形成する最小単位はなんだろうと考え方を変えていくと、無茶なオーダーも新しい商品の開発になるのではないかと考えたのです。そこで「主人公たちが謎を解決するために奔走する」というのを最小単位と考えて作っていきました。また、『攻殻機動隊S.A.C.』はネット社会をテーマにしていたので、それに変わるものとして、月9を見るような女性はPCを持っているけどケータイからアクセスする率のほうが高いので、主要アイテムをケータイにしてみようと発想を切り替えていきました
随分と煮詰めて考えていくのですね。
下積みが長かったせいか、相手のオーダーを聞いた上で、考えることが比較的に身についていたのだと思います。自由に出来ることはクリエイターの喜びですが、実は自由って逆に不自由だったりします。何でもいいからやってみなさいと言われてもなかなかできないものです。なので、企画書を書いてもなかなか決まらないという不遇な時代はありました。不遇な時代は無いに越したことはないですが、天才少年という言葉はあっても、天才中年という言葉がないように、出来て当たり前の世界で頭角を現すのはとても難しいことなので、ある程度揉まれないとダメだと思います。でも、そこでもんもんと考えたものがいざという時に武器になるので、焦ることはないでですよ。
アニメを作るのにプロセスがあると思うのですがどのような流れで進めていくのですか?
ひとつのパターンだけではないのですが、原作がある場合は原作に即していきますし、オリジナル作品ですと、まずテーマを決めます。今回、僕が今までターゲットにしていた人たちよりも10歳ほど若い人たちに向けて、作品を作ろうと思いました。というのも、Production I.Gに入ってくる若い人たちが、自分たちの思っていることをうまく反映できなくて行き詰っているように見えました。僕にもそういう時期はありましたが、動機を喪失してやめちゃう人や、流されちゃう人が僕らの頃より多い気がしました。自分のやりたい業界に入ってきたのに息苦しそうで。最初ははっぱをかけようと思ったのですが、でもはっぱをかけても元気が出てこない。何かに失望してしまっているようでね。だから、励ますのではなく、作品を通じてその原因を探っていこう、一緒に見つけてみようというのが物語をつくる上でのテーマにしたいと考えました。サスペンス的な要素を残しながら、若い人たちの抱えている問題を解決していく話です。そしてテーマと同時にキャラクターを考えていきました。本当はテーマなどの堅苦しものではなく、キャラクターから考えていくのがアニメには向いていますね。
並行で色々決めていくわけですね。
そこがアニメのオリジナル作品の難しさでもあります。ドラマならキャストを決めることで自動的に決まっていきます。みんなが知っていることを利用して役者さんのパーソナリティに依存している部分が多いからです。アニメーションは全部つくりものなので、それがない状況から、どういう喋り方をするか、どういう思考をするか、声はどうかなどゼロから決める必要があります。そこが決まれば、必然的にストーリーも絞れてくるため、キャラクターをきめるのがアニメーションにおいても、最短な方法です。今回も滝沢朗という主人公のバックボーンを作るのに時間をかけました。22歳であれば22年間どう生きてきたかを考えます。さすがに全部のキャラクターはそこまでしていないですが、でもそれに近いことはやっています。
主人公が男性ですが、近年、男のキャラクターの人気があまりないですよね。
はい。確かに男性からも女性からも指示される男性キャラクターは今アニメ界で難しいと言われています。ある時期から女性が主人公の方が、女性のファンにも好かれる傾向が強くなっています。ですが、業界的にはオリジナル発信が難しい中で、オリジナルアニメを作れる機会だったので、男性キャラを開発することができるのではと、アイコンとなる男性キャラを作り、語りとしての主人公に咲という女の子を作りました。
キャラクターのモデルはいましたか?
平澤くんはいました。うちのスタッフに容姿までそっくりな子がいます。キャラクターの作り方としてはそういった作り方もあります。スタッフが勝手にそのキャラクターで遊べるようになってくるとしめたものです。そこまできてキャラクターに命が吹き込まれます。スタッフが理解するまでは僕がひたすら話し続けますね。オリジナルの場合は、まわりの希望が注入されることもあります。
でも周りの意見が全部受け入れられるわけではないですよね。
そうですね。「誰々の、こういうシーンがみたい」と言われても、そういうシーンはないですと、いかに最初の設定をぶらさずにいくかという問題もあります。もちろん意見を入れることによって科学反応が起こることもあるので、うまく織り交ぜてキャラクターを作っていきます。自分の好みではない意見が出たときに、受け入れられるかどうか、また受け入れない理由をきちんと述べられるかは大事です。
東のエデン現象と言ってもいいくらい、毎回毎回、いろいろなイベントがありましたね。ブームが長いですよね。
爆発的にというよりは、じわじわと人気が持続しています。いまだにイベントをやると会場がいっぱいになるくらい集まってくれます。先日も『東のエデン』に出て来る迂闊な月曜日である2010年12月22日を迎えました。観た時に、あぁ来年だなとか自分がそのとき何歳だなとか、ある程度自分に置き換えて意識してもらう仕掛けをしました。
神山監督の作品は海外でも人気ですね。
先日行ったバルセロナでは、サイン会に連日100人近い人が毎回来てくれ、ファンですとコスプレをしている人もいました。若い人たちの引きこもりなどはドメスティックな問題だと思っていたのですが、海外の人たちも自分たちのことと認識して観てくれていましたね。まだまだ遠い存在だと思いながらも、アニメやマンガを発信している日本に行ってみたいようでした。
神山監督の作品は海外でも人気ですね。
ウケるところは同じです。ただモザイクという概念がないので、モザイク自体に笑っちゃうことはありました。なぜ隠すのですか、と。テーマに関してはニートという存在、また働かなくてもいいということがさっぱり分からないみたいですね。ただ、自分たちがアメリカという社会の中で、主役になれないという人たちはたくさんいて、『東のエデン』で描かれている若い人たちに共感が持てたようです。でもそんな中で自分たちは楽しみを見つけているとポジティブに考えていました。年に1回のイベントで、4日間自分を開放し、それを楽しみにまた来年も集まりたいと感じる。そのためのコミュニケーションツールとしてアニメやマンガが存在していて、とても豊かな感じがしました。初めて海外に行かせてもらって、戸惑いもありましたが、こういう力がまだまだあったのか!と思いましたね。
今後の予定を教えてください。
具体的にはまだ話せませんが新作を作っています。最近ではCEATECというイベントで流れていた『009』という3D立体視アニメーションで押井守監督とコラボしました。また、NTT Docomoさんの新しい通信サービスXi(クロッシー)に絡んだことも進んでいます。
(取材・原稿 小島千絵)