段 暁通さん在学生紹介
広く学んだおかげで「モーショングラフィックス」という表現方法にたどり着く。

段 暁通さん2019年度入学
JCLI日本語学校出身
——出身はどちらですか。
中国の山東省です。両親は自宅の隣にあるオフィスで、貿易の事業を営んでいました。その影響で、僕も普段から外国の人と関わる機会が多く、将来は海外で勉強したいと思っていたんです。大学進学前に両親に相談したところ、「留学ならアメリカはどう?」と言われました。
ただアメリカは銃社会で怖いイメージがあったのと、ふるさとから遠すぎるし、文化も違いすぎるかもと思い、同じアジアの日本に留学したいと思うようになりました。
——日本への留学に、ご両親は反対されませんでしたか。
反対はしませんでした。僕の両親は日本のビジネスマンとも交流があったため、おそらく抵抗はなかったんだと思います。僕自身も日本に対して安全で真面目な人が多い国、というイメージがあったので、2018年に日本語学校に留学しました。
——日本に来て、印象はいかがでしょう。
日本の街を歩いてみると想像していたように道路がきれいだし、礼儀正しい人ばかり。ただ中華料理にはショックを受けました。日本人はラーメンをおかずにご飯を食べます。麺とお米を一緒に食べるなんて中国では考えられないんです(笑)。
最初の1年間は日本語学校に通ったり、大学受験に向けた塾に通ったり、アルバイトをしたり。そこでできた友達と過ごしていく中で、徐々に日本の文化に慣れていきました。
——DHUを知ったきっかけは?
留学1年目に通っていた塾の先生が紹介してくれました。美大の受験生向けの塾で、当時は多摩美術大学や武蔵野美術大学で勉強したいと思っていました。ただどちらの大学も倍率が高く、大学進学の自信を失いかけていました。そこでDHUを教えてもらったんです。
「ここならたくさんの分野を同時に勉強できる」「自分がどんな分野を勉強したいかわからない人におすすめだよ」と先生が紹介してくれて。日本人のクリエイターが制作したデザインや動画、Webサイトなどをたくさん見て学び、面接のために入念に準備をした記憶があります。
——入学後、どのようなことを学び始めましたか。
最初はグラフィックデザインや3DCG、VFX、映像制作など、幅広い分野を学びました。その中で自分に合っていると感じたのが、グラフィックデザインと映像制作。自分の脳内イメージを実現していくプロセスが楽しくて、一生懸命勉強していきました。
そのうちモーショングラフィックスという分野を知って「え、めっちゃ良い!グラフィックデザインと映像を一緒にできるなんて!」と。僕にとってベストな表現方法を見つけることができました。
グラフィックデザインは文字や図形のみで情報を伝えられますが、モーショングラフィックスならそれらに加えて、音や動作、光の変化など、盛り込める情報が増えます。グラフィックデザインよりも体験性が上がり、より人の心に触れられるような気がして好きなんです。現在も映像プロデューサーの髙野先生のゼミで勉強しています。
——卒業制作へ向けて、どのようなものをつくりたいですか。
モーショングラフィックスのスキルを活用し、何かしら映像をつくりたいと思っていますが、もうひとつやりたいことがあって。それが、障害児のための絵本なんです。
——絵本?
はい。グラフィックデザインの技術を応用し、子どもたちが入り込みやすい形として、絵本を制作しています。
もともと僕は口唇口蓋裂という病気でした。「なんでくちびるに傷があるの?」「どうして歯が足りないの?」って何十回、何百回と聞かれるうちに、「僕は人と違うんだ」と思い込んで、病気のせいで全然笑えなくなってしまいました。幸い、両親のおかげで手術をして治すことはできましたが、自分に自信がなくなってしまいました。
日本にも生まれつきハンディキャップを持った子どもはたくさんいます。その子たちの気持ちは僕がいちばんわかる。だから現在はNPO法人でボランティアをしたり、障害児のための作品を作ったりしています。彼らをサポートすることは僕の使命なんです。
▲絵本のイメージ図
——最後に、受験生にメッセージをお願いします。
日本に来て、そしてDHUに入学して、日本人・韓国人・マレーシア人・インドネシア人などさまざまな国と地域の友だちができました。
DHUの先生から「段さんのお話は日本にはあまりない題材ですね」と言われたので、障害児のための絵本を出版する話が進んでいます。この本で誰かが救われたり、一般の人が障害を知ってもらう機会になったりすれば嬉しいです。
僕はDHUに通い始めて自信が持てるようになりました。なにより自分が生きたい人生を作っている気持ちになっています。何かの理由で自信を失ってしまった人は、この大学で取り戻せるはずです。