【教員×ゼミ長】「地獄」の苦しみの先に。アニメ界の未来を創る。
LEE AHREUMさん(2026年卒業)
菱田 正和 特任教授
デジタルハリウッド大学(DHU)のアニメ制作ゼミの学生たちに毎年課せられるミッションは、「卒業するまでに1本の2Dアニメーションを完成させること」。脚本・絵コンテ・キャラクターデザイン・作画・彩色・背景・音響・撮影・編集などを個人もしくはチームで進め、その過程でアニメーション制作における総合的な能力を培っていきます。
担当教員は『プリティーシリーズ』『喧嘩独学』『半妖の夜叉姫』などの人気アニメ作品の監督を勤めてきた菱田 正和先生。2024年度に新設された菱田ゼミの初代ゼミ長を務めたのは、韓国出身の留学生、イ・アルムさんです。2026年2月の卒業制作展を終えたばかりの2人に、アニメとの出会いや制作の苦労話、ゼミでの活動などについて聞きました。

大好きなアニメ作品をつくった本人に直接学べる
——イさんがDHUを知ったきっかけ、進学先として選んだ理由を教えてください。
イ:韓国で通っていた美術塾の先生からDHUを紹介され、興味を持ちました。将来は2Dアニメーション制作を勉強したかったのですが、韓国では3Dが主流で、自分が進学したい場所が見当たりませんでした。それなら2Dアニメの本場とも言える日本へ留学しようと考えたんです。
当時はコロナ禍で日本行きの飛行機もキャンセルが相次いでいて、受験することすら難しかった。そんな情勢の中で、DHUならオンラインで面接を受けられると紹介されました。調べてみると、DHUにはわたしの大好きな『AKIRA』の制作に携わった村田充範先生が教員をしていることも分かって。自分も好きで観ていたプロのアニメーターの先生方から直接学ぶことができることが決め手になって、DHUへの入学を決めました。
——イさんがゼミ長に就任された経緯が少し変わっていると伺いました。
菱田:実は、ゼミの初顔合わせの日にゼミ長を決めることになったのですが、みんなあまりやりたがらなくて(苦笑)。沈黙が続いてちょっと気まずい感じだったので、つい手を上げてしまったんです。
菱田:こういう素直なところがイさんらしい。でもコロナ禍という困難な時期に入学しただけあって、非常にガッツのある学生です。

——DHU入学後はどんなことを勉強しましたか?
イ:1年のときは、2Dアニメや3DCG、Webなど、いろいろな分野の授業を受けました。特にWebデザインの授業では、WebサイトのUIを作るのも初めてでしたが、思った以上にいい作品ができました。それでもやっぱりアニメ制作、自分の絵を動かしている時間が一番楽しくて。自分がうまくできる仕事よりも好きな仕事をしようと思い、2年からは2Dアニメを中心に突き詰めていきました。
——4年間の学生生活の中で、印象的だった授業は?
「美術解剖学」という授業が勉強になりました。人体の骨格の成り立ちや、どのように関節が動いているのかを学習し、人間が運動する様子をイラストとして描き起こします。立つ・座る・歩く・走るといった人体の基本的な動きを学ぶことができ、それによって自分の画力が伸びていった実感があります。
地獄の苦しみの先にあるもの

——菱田先生がDHUで教員をするようになった背景を教えてください。
菱田:10年ほど前、知人からの紹介でDHUで講演をする機会をいただき、そのご縁から声をかけていただきました。僕自身、演出や監督になるまでにそれ相応の苦労はしてきたので、これから社会に出ようとしている学生が迷ったときに、アドバイスできることがあるだろうと思ってお引き受けしました。
——菱田先生は大学卒業後にサンライズに就職し、その後演出や監督として独立されています。大学は経済学部だったそうですが、そもそもなぜアニメ業界に?
菱田:僕は大学受験のために浪人生活を1年、大学時代に1年留年しているので2年のブランクがあります。特に留年時代は、自分の将来について考える時間がたっぷりありました。「仙台から何のために東京に出てきたんだっけ」「そもそも小さいころから好きだったもの、就きたかった仕事って何だろう」と思い返したときに、アニメのことが頭に浮かんだんです。
それから4年生になって就職活動をして、『ガンダムシリーズ』などで知られるサンライズに入社しました。入社時は制作現場を円滑に進める「制作進行」を担当しました。入社してから分かったのは、一般的に演出家や監督はフリーランスであることが多く、会社員を続けたとしてもなれないということでした。将来的には監督としてアニメの制作に携わりたいと思ったので、選んだ道を誤ったかもしれないと思いました。
しかし、サンライズにいるからこそできることがあるだろうと考え、制作過程で知り合った先輩方にどうやったら演出や監督の仕事ができるかを聞いて回りました。結果、とにかく画力が必要だということで、絵コンテを描く練習を繰り返して、約3年で独立しました。そこからは人生のほとんどの時間をアニメに費やしていると思います。
——普段の生活の中で、どれくらい仕事をされているのでしょう?
菱田:独立した直後は、寝ている時間を除けばひたすら絵コンテを描いてたんじゃないかな。自分が作品の中にどんどんのめり込んでいくと、夢の中で描いているときもあったり(苦笑)。休みの日はあってないようなもので、自分の裁量で仕事の合間に適宜休みを入れるようにしています。
特に大変なのは、新作アニメの企画やシナリオを考えることです。机に向かっていなくてもそのことで頭の中がいっぱいになるので、仕事と休みの区別がつかない。自分の仕事を完了させることだけがかすかな望みとなる。まさに地獄ですよ。
——地獄、と自ら呼ぶような環境にあってなお、仕事を続けられるのはなぜでしょう?
菱田:日々地獄を味わいながらも、やはり作品を見てくれた人たちから「面白かった」「感動した」という言葉をもらえると、報われた気持ちになるわけです。ネット上でそういうコメントを見かけるだけで、ああ、このために頑張っているなと思える。
僕自身も昔からアニメをたくさん見てきましたが、その作品の裏にはおそらく先人たちの産みの苦しみがあったと思います。だから今度は僕が同じように、誰かのためにアニメを作って、感動を届けたい。そう思って仕事を続けています。
アニメ制作、悲喜交々
——ここからはゼミの活動についてお聞きしたいです。どんな学生が集まっていますか?
菱田:学内では唯一の2Dアニメーションを専門とするゼミなので、自分の手で作画をしたい学生が多く集まっています。3年前期までに「作画演習」や「デジタル作画演習」の授業を履修した学生を対象としているので、ゼミ生のほとんどはある程度作画の経験をしてきています。
イさんたちの代では、みんながクラスに集まったときに、お互いの好きなアニメについて情報交換をして、そのアニメを鑑賞していました。ゼミ生の半数が海外出身なのもあって、日本では数十年前に流行した懐かしいアニメの話題になることもしばしば。一方で日本で育ってきた学生たちは、見ている作品がバラバラ。最近だと『葬送のフリーレン』を挙げた学生が数名いたくらい。テレビを持っておらず、スマホやPCで見ている学生が多いので、時代の流れを痛感しています。

——イさんはどんなアニメを見てきましたか?
イ:『AKIRA』や『鋼の錬金術師』が好きです。これを手描きで作ったのか!と見るたびに凄さを感じますし、作った人たちを心から尊敬しています。
菱田:人によって話題に上がるアニメがまったく違うため、お互い新しい発見があるでしょうし、僕自身も20代前半の若者がどんなアニメを見ているのかを知るいい機会になっています。
——そのほかに、ゼミではどんな活動を?
菱田:必ず取り組んでもらうのは、卒業までに自分の作りたい作品を1本完成させること。学生自身で企画し、どんなスケジュールで進行させるのかを考えてもらう。それから、脚本や絵コンテの制作から完成に至るまでを経験してもらいます。
学生には「プロを目指すなら、辛い目に遭うのは就職してからでいい。今は自分の作りたいものを出せ」とよく言います。大学を卒業してアニメを作る場合、ほとんどの人がクライアントや企業のオーダーに応えるのが仕事になるので、自分が作りたいものなんてなかなか作れない。だからこそ学生でいるうちは、自分が作りたいものを作って、自分自身を剥き出しにしてほしいんです。
——そんなイさんが卒業制作でどんな作品をつくったのか、教えてください。
イ:海洋汚染をテーマにしたアニメ作品「DISASTER」を制作しました。中学時代から海洋問題に関するドキュメンタリーをよく見ていて、これは個人が頑張って解決できるレベルの問題ではないと感じていました。問題解決のためには、人々の考え方が変わらなければなりません。アニメとしてそれを伝えることができれば、あらゆる年代の人が海洋汚染という問題への認識を変えてくれるのではないかと思い、制作しました。

海の生物よりゴミの数が上回る、未来の地球を描いた2Dアニメーション。多くの人が地下に避難する中、人類が再び地上で生きていくために海上で活躍する、「クリーナー」の仕事を描いた作品。
——制作する上で特に大変だったことは?
イ:制作チームにはメンバーがもうひとりいて、互いにコミュニケーションを取りながら共同制作をするのが大変でした。わたしは作品の企画・原画・キャラクターデザインを、そのゼミ生には脚本・絵コンテ・編集を担当してもらいました。でも、一方の作業が止まるともう一方の制作が滞り、なかなかスケジュール通りに進まなくて。大変でしたが卒業制作の提出日になんとか間に合いました。菱田先生の「好きなことは全部やってしまえ」というアドバイスが支えになりました。
菱田:正直、進捗が遅すぎて全員卒業できないんじゃないかとヒヤヒヤしたけどね(笑)。ただ、これはアニメの現場に限らず、社会に出たらよくあることだと思います。トラブルに対処しながらそれでも制作を止めずに、最後までやり遂げることの大切さを学べたと思います。卒業制作展の会場ではイさん含めゼミ生それぞれが「自分の作品を見てくれ!」という強い意思を持っていて、その姿にも改めて驚かされました。
手描きアニメーションの魅力と真価
——改めて2Dアニメーションを手描きで制作することの魅力はどんなところにあるのでしょうか?
イ:プログラミングをしてキャラクターを動かすよりは、自分の手で絵を描いて、その止まっていた絵が生きたアニメになるのが好きなんです。
菱田:確かに、2D作画特有の動きもあるもんね。ここ数年は3DCGだけでなくAIを用いて制作された作品も増えてきましたが、自分の手で絵を動かす楽しさは普遍的です。それに、日本のアニメ業界では今だに2Dの作画を経験してきた人が重宝される印象があります。イさんが手描きの作画を追求して仕事を続けていると、将来的に面白いお誘いがあるかもしれないので、頑張ってほしいですね。
——最後に、読者のみなさんに向けてメッセージをお願いします。
イ:卒業後は日本の制作会社でアニメーターになります。将来的には、自分が好きなものを描きたいので、監督としてオリジナル作品を制作したいです。現実の社会問題を背景にしたアニメを作って、年齢を問わず多くの人にその作品を見てもらうのが夢です。わたしは菱田先生の背中を見て、アニメ監督になりたいという夢が明確になりました。これを読んでいるみなさんもぜひ、自分の夢を叶えるために頑張りましょう。
菱田:DHUにはさまざまな国と地域から学生が学びに来ていて、僕のゼミにもたくさんの留学生が在籍しています。僕個人としては、国ごとに独自の文化や神話があるはずなので、それを題材にアニメを制作したら面白いのではないかと感じています。中国や韓国の文化を題材にしたアニメは日本に渡ってきている印象ですが、東南アジアや中東地域にも興味深い文化があるはずです。いずれはそんなアニメを制作する若者が、この大学から輩出されれば嬉しいです。




