目標はカンヌ国際映画祭。あちこちの「面白そう」に飛び込んで掴んだ、映像プロデューサーの道
遠藤 百華さん
2025年度卒業

現代広告表現研究ゼミや、映像サークル「1 flame」、自主制作映画『3月11日』、広告コンペ「学生広告日本一 決定戦!」など、デジタルハリウッド大学(DHU)在学中にさまざまな場所へ飛び込んでいった遠藤 百華さん。
映画『3月11日』のプロジェクトが、サイバーエージェントグループのコンテンツスタジオ「BABEL LABEL」の代表の目に留まり、その縁からインターン生として(株)BABEL LABELに入社しました。そして、DHU卒業後はBABEL LABELから、20代のクリエイターを中心に、若手が挑戦できる場として発足した新レーベル 「2045」の映像プロデューサーとして働き始めます。
自らの行動によってチャンスを掴んだ、遠藤さんのこれまでの歩みを聞きました。
自主映画を通じてつながった就職先との縁
——遠藤さんはDHU在学中に映像や広告などの領域を学んできました。高校在学中から、大学で何を学びたいか決まっていたのでしょうか。
いえ、具体的には考えていませんでした。漠然と将来はものづくりをする仕事をしてみたいとは思っていたので、大学の4年間を怠けて過ごすのではなく、自分で何かを作ってみたいと考えていましたね。
——進路について、高校の先生に相談しましたか。
その時はまだ映像とは決め切ってはいなくて、モノづくりをして生きていきたいとは考えていて、幅広い領域を学べるDHUに進学を決めました。自分で決めたことなので、自分で正解にするしかないと思い、覚悟を決めて受験しました。
——DHUに入学してからは、どんな領域を中心に学んでいきましたか。
主に制作していたのは映像でしたが、表現すること自体が好きだったので、映像以外にもいろいろなことを学びました。
本多 忠房先生の「広告制作B」という演習授業では、毎週のように課題を出され、それに取り組むのが楽しくて。テーマに沿ってキャッチコピーを何十個も考え、翌週にプレゼンをし、先生やクラスメイトからレビューをもらう授業でした。その授業を通じて表現手段としての広告にはまり、ゼミも本多先生が担当している現代広告表現研究ゼミに入り、研究を続けました。
——広告と言えば、先日開催された「学生広告日本一 決定戦!」の【クリエイティブ(ムービー)部門】で、遠藤さんのチームが日本一になりました。
所属していたクリエィティブ系のインカレサークルのメンバーと一緒に参加しました。
広告のテーマは「Z世代に“クルマのある生活っていいかも”と思ってもらうためのアイデア」。わたしも動画サイトなどを見ていると広告をスキップしてしまうことが多かったのですが、まさに「Z世代」である自分を広告の受け手兼作り手としてターゲティングしてみたら面白そうだと思い、企画と監督を担当しました。
広告のスキップボタンにしか注目しない若者が、どんな広告だったら指を止めるだろうか。そんな風に考えた結果、電車と自家用車の乗り心地をポップに比較しようと思いました。電車内で座席を奪い合う様子を椅子取りゲームにたとえ、日々のストレスを可視化し、「こんなに大変なら“余裕に課金”して車を持つ選択もありだ」というメッセージを映像に込めました。
学内外でインプットとアウトプットを繰り返す日々

——そのほかに、DHU在学中の4年間で特に力を入れたことは?
4年間本当にいろいろなことが楽しくて、ずっと“張り切っていた”んじゃないかな…(笑)。中でも力を入れたのは、2年生のときに実施した映画制作プロジェクト『3月11日』です。
わたしは6歳のときに、地元で東日本大震災を経験しました。その実体験と、見てきた光景を映画として残したいと思い、クラウドファンディングをして支援者を募りました。目標額を超える資金が集まり、DHUで知り合った友人や俳優の皆さんの協力などもあって、無事作品が完成しました。
そのプロジェクトをXで見つけてくれ、引用リポストや熱いメッセージをくださったのが、BABEL LABEL代表の山田さんでした。それから山田さんとお話しする機会をいただき、初めてお会いすることになって。その場で「うちでインターンをしてみない?」と誘っていただいたので、即決しました。

学んだことをアウトプットする機会が必要だと思っていたので、アルバイトや業務委託で仕事をいただき、デザインの制作を行っていきました。
たとえばアルバイト先の学習塾では、ポスターや社内マニュアルのデザインを担当しました。
当初は受付として採用されたのですが、もう少し何かできることはないかと思い「塾で掲示しているポスターのデザインをさせてほしい」と職員に打診してみたんです。すると、塾生を募集するための説明会や、イベント情報などを発信するポスターをデザインしてほしいと言ってもらい、実際に私の制作物を採用してもらいました。
そのほかにも、全国で使用する講師や生徒向けのマニュアルのアップデートも行い、タイポグラフィやグラフィックデザインなどの授業で学んだことを活かすことができました。
また業務委託として、人材企業や鍼灸院などからウェブサイトの制作やバナー広告のデザインなども任せていただきました。
大学の授業では、制作する作品のテーマの多くは自由。言い換えれば、自分が作りたいものを思い通りに作ることができます。一方で実際の現場では、ユーザーやクライアントのニーズを意識しながらプロとして制作する必要があります。大学でインプットしたことを、学内外問わずアウトプットしてみる。このサイクルを回し続けたことが、自分の将来につながっていったと思います。
BABEL LABEL 「2045」の映像プロデューサーとして入社
——BABEL LABELのインターンではどんな経験をしましたか。
最初は、自社が携わっている作品のSNS発信などを担当する広報のお手伝いとしてアルバイトとして働き始めました。
そして、若手クリエイターを中心にして発足した新レーベル「2045」で、広報やプロデューサーをすることになりました。「2045」のテーマは「NEED ZERO, YOUNG GO」。AIが人間の知能を超えるシンギュラリティが来るであろう2045年が由来になっています。それに向けて、わたしたち若手が挑戦できる場として立ち上がりました。入社後は、「2045」の映像プロデューサーとして働く予定です。
BABEL LABEL
——在学中は映像監督をする機会が多かったと思いますが、プロデューサー職を選択したことに理由はありますか。
自分が本当にやりたいことってなんなんだろうと考えるようになりました。 ときどき仕事の合間に社員の方と面談で話す機会があり、将来について相談に乗ってもらうことがあって。そのときに自分が仕事としてやりたいのは監督ではなく、プロデューサーだろうなと考えたんです。
というのも、実は映画『3月11日』で監督をしていたときに、自分は監督として仕事をするのは難しいと感じる瞬間がありました。作品では、津波で家族を失った人を物語に登場させており、当事者でない自分が体験していないことを映像にしてもいいのだろうかという気持ちになったんです。「想像力」が必要な監督という仕事は、自分には難しいのではと思うようになりました。
一方プロデューサーは、すべてを自分でこなすわけではなく、どこまでを自分が担当し、どこからを人に渡すのか、ある程度の裁量があります。自分の想像力や能力だけに頼らず、周囲の人を巻き込みながらプロジェクトを牽引できるこの仕事は、自分の性に合っていると感じました。
——遠藤さんはインターンを経て、BABEL LABELへ就職する道を選びました。どのタイミングで就職を意識しましたか。
正直に言えば、最初は就職しようと思ってBABEL LABELに入ったわけではありません。せっかく山田さんに声をかけていただいたし、面白そうだったのでインターンを始めました。
BABEL LABELを就職先として考えてはいなかったのですが、山田さんにお声がけいただいて、働いているうちに、大学を卒業してもここで働きたいという気持ちが芽生えてきました。わたしは、誰かに「ああしなさい、こうしなさい」と細かく指示されるよりも、自分で考えて動きたいタイプです。BABEL LABELは「自由にやっていいよ」と言ってくれる環境であり、自分が働きやすいカルチャーがあると感じました。
ほかにも、BABEL LABELには、映画『新聞記者』や『正体』などを手がけた藤井監督や、著名な方々が所属しています。そんなクリエイターたちと毎日気軽に話せる環境はなかなかないだろうと思いました。
——就職先として、ほかの制作会社や広告代理店は考えませんでしたか。
広告代理店については、インターンをしていた友人から話を聞いて自分には合わないだろうなと。自分が苦手なことややりたくないことは、逆にそれを得意としている仲間や知り合いを頼って巻き込めばいいと考えているので、今後もいろいろな領域で活動している人とつながっていきたいですね。
——ちなみに、DHU在学中はどうやって交友関係を広げていったのでしょう。
ひとりと知り合うと、新しい友達とつながっていくので、そんな風に友達や知り合いを増やしていったと思います。
1年生のときには英語のクラスで友達ができていきましたし、ほかには映像撮影演習という授業で、実際の機材を使用してグループワークをしながら仲良くなりましたね。あとはサークルなどを通じて先輩後輩と知り合う。自主制作でも遊びでも、とにかく呼ばれたら行くタイプだったと思います。
目標はプロデューサーとしてカンヌ国際映画祭に立つこと

——遠藤さんの今後の展望を教えてください。
大きな目標は、企画やプロデューサーとしてカンヌ国際映画祭に立つことです!
2025年に映画『ルノワール』がカンヌに出品され、『3月11日』にも出演してくれた鈴木 唯さんがレッドカーペットを歩いていました。それ以来カンヌを強く意識するようになり、いつかは自分も制作陣のひとりとして、その場所に立ちたいと思っています。
——近い内に、映画のエンドロールで遠藤さんのお名前を拝見できるかもしれませんね。
実は、5月29日よりにテアトル新宿で、私がプロデューサーを務めた 『2045 FILMS vol.1』という映画が上映されるんです。30分の短編映画3作品がオムニバスで公開されるので、よかったら観に来てください!
——最後に、DHUの後輩や受験生に向けてメッセージをお願いします。
DHUには、面白い人がいっぱいいると伝えたいです。作り手としても人としても面白くて、そういう風に考えるんだと、勉強になることがたくさんあると思います。
それに、自分のやりたいことがやりやすい環境だと思います。「これをやってみたいんですけど——」と相談してみると、先生も大学事務局の人もきちんと向き合ってくれます。ぜひ、学生の内にやりたいと思ったことがあれば、やってみてください。それがきっかけで、誰かが見つけてくれるかもしれませんし、きっと自分の道が見えてくると思います。





