「なんでもやりたい」は弱みじゃなかった。職種を越境して見つけた、私のクリエイティブのあり方
白鳥 優季さん
2023年度卒業

「デザインも映像もプランニングも、全部やりたい」。
高校時代、鹿児島県の離島に移住して地域おこしに参加するという異色の経歴からデジタルハリウッド大学(以下、DHU)に入学した白鳥優季さん。大学在学中に映画監督という目標を見つけ、卒業制作『食罪食堂』が、“ 食罪 “ ( 罪人 ) の選択によって様々な “ 料理 “ ( 罪人視点の映像 ) が味わえるレストランというコンセプトが話題を呼びました。
2024年3月の卒業から丸2年。現在(2026年3月時点)は、企業のブランディングやプロモーションを手がける株式会社FEARLESSで、プロデューサー・ディレクター・SNS担当など、職種を越えた活躍を見せています。
在学中、”なんでもやりたい”という自分の性質に迷いを感じていたという白鳥さん。今回はFEARLESSがプロデュースするコーヒースタンド『Sedai Coffee Hatagaya』にお招きいただき、在学中の学びから就職活動、現在の仕事ぶりや自分自身の変化まで、さまざまなお話を伺いました。
「デザインがやりたい」から始まった、領域を越える学びの日々
——まず、DHU在学中のことから聞かせてください。入学した当初、何を学ぼうと思っていましたか?
最初は「デザインをやりたい」という気持ちで入学しましたが、本当に幅広く、たくさんのことを学びました。なかでも面白かったのが、脚本家の西井史子先生の「ストーリー創作演習」。キャラクターを作って物語を創作するという授業で、起承転結の持っていき方や物語の考え方を徹底的に学びました。それがすごく楽しくて、関連してシナリオの授業も取るようになったり、「この脚本を実現させるためには映像が必要だ」と、映像・カメラ・編集と学びの領域を自然に広げていきました。
DHUで身につけた企画の考え方は、いまの仕事すべてに生きていると感じます。特に、卒業制作展(卒展)の経験が大きかったです。3年生のときはゼミの先輩(4年生)の制作のアシスタントとして動きましたし、自分の卒制の時には同級生や後輩、外部の演者の方も巻き込まなきゃいけなかった。チームで動いたプロセスとか、企画提案書を作って見せるとか、そういう制作フローを経験したことが今の仕事の基盤になっています。

——DHUでの経験を経て、就職活動ではどんな軸で会社を選んでいましたか?
最初は業界を絞らず、いろんな企業を受けることからスタートしました。商社の子会社、携帯の販売事業、内装コーディネーターなど。どんな会社があるのかも知らない状態だったし、就活って人生の節目じゃないですか。面接を通じて社会勉強してみようという思いもありましたね。
ただ選考を進めていくうちに、「やっぱりクリエイティブがいい」という気持ちが確信に変わっていきました。内定をいただいていた企業もあったのですが、最終的には辞退してしまいました。
——内定を捨ててまで、つくる道に進みたい、と。続いて、FEARLESSに辿り着いた経緯について伺います。
FEARLESSで制作の仕事をしていた同級生がいて、「いい会社があるから紹介するよ」と声をかけてくれたんです。4年生の6月から約半年間、まずはインターンという形で関わることになりました。
インターンでは、カタログのデザインやプランニングの練習をさせてもらいながら、案件に参画するという働き方をしていました。決まった教育プログラムがあるわけではないんですが、社員のみなさんと一緒に、実際のプロジェクトに関わりながら学んでいくのが刺激的でしたね。
途中、卒制があったので在籍できない期間もあったんですが、「それでも大丈夫だよ」と受け入れてくれて。しかも、卒展も会場まで見に来てくれたんです! 自分の熱意を持って取り組んでいることに理解があって、家族のような温かい雰囲気に惹かれていきました。

名刺に職種なし。”なんでもやる”会社で見つけた居場所
——インターンを経てそのまま入社という流れですね。社員として加わってからは、どんな役割を担っていますか?
本当にさまざまな仕事をしています。実はFEARLESSには職種がなくて、名刺に何も書いていないんですよ! 社員10名ほどの会社ですが、プロデューサーやディレクター、エディター、SNS担当、みんなが企業からのニーズに応じてなんでもやるスタイルなんです。私も入社してすぐ、1つのプロジェクトを丸ごと任されて、メールのやり取りから編集・制作・納品まですべて担当しました。
——新卒でプロジェクトを丸ごと担当するのって、大変ではなかったですか……?
できるかどうかを考えるより先に、どうすれば最善の結果が出せるかを考えることが習慣になりましたね。大きい会社だったら新卒には任せてもらえないような仕事も、早くから責任を持って担当させてもらえた。その経験の積み重ねが、自分なりの仕事の軸になっていると思います。
印象に残っているプロジェクトでいうと、ヤンマーグリーンシステムさんのブランドムービー制作です。ディレクター兼プロデューサーとして、プロジェクト全体の推進を担いました。
このプロジェクトは「人」にフォーカスした動画シリーズで、撮影前にプレインタビューを実施し、一人ひとりの人柄や背景を知るところからスタートしました。出演いただく方を深く理解したうえで構成を組み立て、クライアントの”らしさ”をどう表現するかを突き詰めていくプロセスに、大きなやりがいを感じました。
また、北海道・福島・福岡の3拠点での撮影だったため、事前のロケハンが叶わない難しさもありました。現地に足を運ばなければ見えてこないものがある中で、弊社のカメラマン、ヤンマーグリーンシステムの社員の皆さまと三者一体となり、その場で最大限の魅力を引き出せるよう試行錯誤を重ねました。今も強く印象に残っている、思い入れの深いプロジェクトです。
その他にも、スズキ自動車さんの『FRONX』のビジュアルコンテンツ制作や、フタバ株式会社さんのペーパーブランド『ROKKAKU』のSNS運用、株式会社アーダンさんのスキンケアブランド『ADAN SILK』のショートムービーのプロデュースなど、業界も規模も多種多様なクライアントの案件を任せていただいています。
「なんでもできる」を強みに。後輩に示したい新しい世界線
——社会人として過ごした2年間で、どんな変化がありましたか?
すごく変わりました。昔は少し繊細で、些細なことが気になってしまうタイプでしたが、いまは全然違うかも。
きっかけは、責任ある仕事を任せてもらえたことだと思います。プロデューサーとして、クライアントにもメンバーにも、時にははっきり言わなきゃいけないことがある。「これでいこう」「もう1回リテイクしましょう」という判断を即座に下し続けなければいけない。うやむやにしていると大きな損失になるという経験を重ねていくうちに「仕事の判断にはドライに、人への向き合いにはウェットに」という感覚が身についていきました。
ロールモデルは、FEARLESS代表のTobi。一番は「自信を持って言い切ること」の大切さを学べたことですね。同じ提案でも「いいと思いますよ」と「絶対こっちのほうがいいです」と言われるのかによって、受け手の印象って変わってくるじゃないですか。渡辺さんがクライアントにそういう接し方をしているのを見て、勉強になるのはもちろんですし、そういう動きを間近に見られる環境があることが、FEARLESSを選んでよかった理由のひとつです。
そう、面白い話があって。実はMBTI(16personalities)の結果も変わったんです! もともとENFP-T(運動家)だったんですけど、最近改めてやってみたらENTP-A(討論者)になってました。ストレスを感じやすい傾向(T)からポジティブ傾向(A)に変わったということで、それだけ自分が仕事や職場の環境にいい影響を受けているんだなと感じます。
今日は雨が降ってますけど、こういうときに昔だったら「自分って運が悪い」と思っていたのに、最近は「私がいたら晴れる!」と思えるようになりました。そういうマインドでいると、職場もプロジェクトも明るく動いていくんじゃないかなって。ほら、ちょっと雨止んできたでしょ?(笑)

——器用貧乏ゆえの悩みや自信のなさが、社会人としての経験を積むことでここまで変われた、ということですね。最後に、白鳥さんの今後についても教えてください。
DHUの卒業生として、後輩から目指されるような存在になりたいです。
私はなんでもやりたい人ですが、DHUにいると専門性を一本に絞って飛び抜けている人ほど仕事が来るんです。周りと自分を比べて「なんでもできるって、なんにもできないってことじゃん」と落ち込んだこともありましたし、後輩からも同じような相談を受けることがあります。
でも今は、なんでもできるからこそ活躍できています。特にベンチャーや小さな制作会社では、コミュニケーション能力も営業力も映像もデザインも、全部できた方が強い。「そういう世界線があるんだ」と示せる存在であれたら、悩んでいる後輩たちのモチベーションが変わるかもしれないですよね。

—— 後輩のみなさんに、アドバイスがあれば聞きたいです。
自己肯定感を上げるには、環境を変えることが大事。誰かに”考え方”そのものを言葉で説明されても、それだけでは変わりにくい。大切なのは付き合う人や居場所を意識して選ぶこと、そして自分から発する言葉を変えてみること。「こうした方がいいかも」ではなく「こうした方がいい」と言えるように、小さな練習を積み重ねていくと、自然と変わっていくと思います。
DHUにいなかったら今の自分はいないと思っています。授業で学んだことだけじゃなくて、キャンパスで出会った人たちと、そこでつながった縁がいまの自分に直結している。本当にありがたいですよ。だからこそ、DHUからもらったGiveも私もGiveで返したい。後輩たちに仕事を頼んでいるのもその気持ちの延長ですし、いま自分が走り続けている理由のひとつだと感じています。
Text/Photos: Azuma Hiroe [waft]





