ITエンジニアとして大手企業に就職。就活の苦楽を味わった卒業生が考える、就活に必要なマインドとは
上山 優熙さん
2025年度卒業

2026年4月から、株式会社ゆめみ(現・アクセンチュア株式会社)でITエンジニアとして働き始める上山 優熙さん。小学生のころからITエンジニアを志し、デジタルハリウッド大学(DHU)への進学を経て、自らの手でITエンジニアのキャリアをつかみました。
本記事では、就職活動の苦楽をどちらも経験した上山さんに、DHU在学中に経験したことや、就職活動に必要なマインドについて聞きました。
デザインに明るいITエンジニアになりたい
——上山さんはどんな高校生でしたか?
僕が最初に通っていたのは、いわゆる進学校と言われた都立高校でした。「偏差値の高い高校や大学に入学できたら将来幸せになれるだろう」と考えてその高校を選び、自宅から往復3時間かけて毎日通学していました。
長距離通学の傍ら、睡眠時間を削りながら、小学生のころから熱中していたプログラミングの時間をなんとか確保していました。学校の課題にも取り組み、毎日3〜4時間しか寝ていない生活を続けていたら、そのうち体調を崩すようになってしまって。
そんな環境の中で自分の未来について考えるうちに、背伸びして勉強ができる人間になるよりも、自分の得意分野で戦える人間になりたいと思うようになりました。それからプログラミングの勉強に打ち込める通信制の高校がないか探したところ、N高等学校(以下、N高)に出会いました。
両親に相談した結果、N高へ転校できることになり、通学時間がなくなって思う存分プログラミングに集中できるようになりました。高校の授業でもプログラミングを学び、自宅でも趣味としてプログラミングや音楽に触れる、そんな生活をしていました。
——高校在学中にDHUを知ったきっかけ、進学しようと思った理由を教えてください。
N高からDHUに進学する先輩が多かったこともあり、先生から紹介されました。
高校1年生のときからフロントエンドエンジニアになろうと決めていたのですが、高校の先生から「何かと何かをかけ合わせた人は強い」という助言をもらってからは、プログラミング以外のことも詳しいエンジニアになった方が良いだろうなと。小さいころはイラストを描くのが好きだったこともあり、デザインに明るいフロントエンドエンジニアになろうと考えるようになりました。
プログラミングだけでなく、デザインも学べる。できるなら趣味だった音楽も勉強してみたい。そんなわがままな要求が通るぴったりな大学がDHUでした。
主体的に取り組んだのは、自分に合うキーボード制作

——DHUに入学してから4年間で、力を入れた領域はありましたか。
デザイン領域の授業を積極的に受けていました。中でも、グラフィックデザイナーの森 治樹先生が担当するタイポグラフィの授業が、さまざまな場面で活きていると感じます。
その授業では最初に、正方形の紙面に5つの丸をランダムに見えるように配置する課題が出されました。ひとつの丸を移動させると、隣の丸や辺との距離が変わり、その丸が目立つようになる。また別の丸をずらすと、余白が強調され紙面に違和感が出る。そんな課題を繰り返したことによって、平面における空間構成と余白を見る力が身について、どんなときでもレイアウトを意識するようになったんです。
たとえば、自分で名刺を作るときも、名前を目立たせるためにもう少し余白を十分に取ろう、と考えるようになりました。ほかにもプレゼンのためのスライドを作るときや、ミュージックビデオを編集するとき、ウェブデザインをするときなど、あらゆる場面で役に立っていますね。
——そのほかに、在学中に力を入れたことはありましたか。
1年生のときから主体的に取り組んでいたのは、キーボードの制作でした。
もともと小学生のときから独自の配列をしたキーボードを使っていて、大学に入ってから外部のPCでも同じ環境を再現する必要が出てきたことで、キーボードを自作するようになりました。当時はソフトウェアで配列を再現していましたが、大学のPCに都度インストールするのは現実的ではなく、また当時は配列をキーボード側に持たせられる製品もほとんどなかったため、自作に至っています。
幸い、大学から少し歩いたところに自作キーボードキットのお店があり、キャンパスには3Dプリンターやはんだごてなどの機材が揃っているラボプロトがあります。授業がない時間があれば材料を調達しに行って、ラボプロトにこもっていました。
もともとは自分用にカスタムしたキーボードをどの環境でも使えることが目的でしたが、徐々にキーボード制作の面白さにのめり込んでいき、市販のキーボードにはない特徴や機能を搭載できないかを探究するようにもなりました。
たとえば市販されているキーボードの場合、数字キーはもちろんエンターキーやバックスペースキーなどはよく使うのに、小指をぐっと開かないと届かない。それに一番器用そうな親指は、たまに中央にあるスペースキーを打つか、ぼーっと浮いているだけです。人間の手に個別最適化し、より楽に打鍵できるキーボードを作れるはずだと考え、測定システムの開発にも挑戦しました。
——卒業制作展でもキーボードを展示されていましたね。
そうですね。3年次からはデザイン&プロトタイプゼミに所属して、ゼミの活動としてキーボードを制作を続けていきました。
代表作品

——ゼミはどうやって選びましたか?
最初は3つのゼミで迷っていました。一番入りたかったのが、ロボットデザイナーの星野先生と、AIエンジニアの神谷先生が担当しているデザイン&プロトタイプゼミです。
ラボプロトに入り浸っていると、学生や星野先生たちがぞろぞろとやってきて、その場所でゼミが始まるんです。それで先生と顔見知りになっていて、僕は「キーボードの少年」と呼ばれていました。ときには、大分出張帰りの先生から「カボスいる?何人家族?」と言われて、大量のカボスを渡されるくらいには、先生と話すようになっていました。
ほかに迷っていたのが、システムエンジニアである濱田先生のゼミ。RubyやJavaScriptなどを使用している先生で、Webプログラミングについて学べます。また、サウンドエンジニアの坂本先生のゼミなども気になっていました。ですが、星野先生と一緒にラボプロトで学びつつ、神谷先生からも学べることが自分にとって魅力的だったので、デザイン&プロトタイプゼミに入りました。
——ゼミではどんな活動を?
週に一度、自分の制作物の進捗状況を報告していました。3Dプリントやプロトタイプをするときに困ったら星野先生に、プログラム系のことで困ったら神谷先生に聞いていましたね。
それに星野先生たちは、学外にも作品を展示できる機会を多く作ってくれました。ものづくりの祭典であるAM(アディティブ・マニュファクチャリング) EXPOや、Wacom主催のConnected Ink Tokyo 2025に、僕たちゼミ生が大学の代表として、出展することもありました。
大手企業2社から内定を獲得
——いつから就職活動を始めましたか?
2年生の冬ごろから就職先を探し始めて、まずは夏インターンの応募から始めていきました。IT企業を中心に4社受けて、各社1週間〜1ヵ月にわたってインターンを経験しました。
振り返ってみると、インターンや就職活動を通じて、自分のなりたいエンジニア像が見えてきたような気がしています。
もともとはプロダクトにひたすら向き合いたいと思っていたけれど、人と話すのが好きで、プロジェクトメンバーや顧客と話す時間も楽しめそう。プロダクトに用いる技術そのものだけではなく、解決する課題にも興味がある。自分のイメージと照らし合わせながら、楽しく、無理なく、長く働けそうな会社を選び、応募していきました。
——最終的には何社から内定をいただきましたか?
ゆめみと、LINEヤフーさんの2社です。どちらに進むか非常に迷いましたが、4月からゆめみでエンジニアとして働くことに決めました。
決め手になったのは、「上山さんのような特異な発達特性を持った方々が心地良く働けることを目指して職場環境を作っています」と、片岡社長に言っていただいたことでした。
発達特性を平たく言えば個性とも言い換えられます。ただ、それ以外の意味も含まれている良い言葉だと僕は感じていて。その人の体質やどう成長していくか、社員の未来のことまで考慮している印象を受けて、僕もここに入ったら長く働けそうだと感じられたんです。
これは、高校生のときにN高に編入したときの意思決定に似ている気がしています。みんなと同じような勉強という尺度で競争するより、自分の得意なことを伸ばせる環境を選んで飛び込んでいく。就職活動を通じて、自分の得意分野を伸ばせるだけでなく、自分を必要としてくれる理想的な環境を見つけられたと思っています。
——一方で、就職活動において大変だったことはありましたか。
2社から内定を得た裏では、5〜6社から不採用をいただいていて、その内3社は最終面接まで進んでいました。夏インターンに応募した企業を含めるとかなりの企業から不採用通知を受けています。
中には10回以上、採用担当者の方々との面談や面接を実施してもらい、不採用だった企業もあるため、精神的につらい時期もありました。当時は立ち直るのが難しかったのですが、今は、自分の将来と会社の将来が合わなかったのだと考えられるようになっています。
就職活動は高いスコアを獲得する戦いではなく、自分に合う環境・合わない環境を探す期間

——DHU卒業後、どんな社会人になっていきたいですか?
ストイックになりすぎて、リタイアしてしまった先人を多く見てきているので、エンジニアとして長期で働けるよう、無理のない範囲で成果を出していきたいです。
また、これからどうなるか分かりませんが、星野先生からは「研究所に籍だけ置いて研究者としての道も考えてはどうか」と声をかけられています。卒業にあたって制作した、キーボードに関する論文を買ってくれたようで、星野先生は「研究者としてもやっていける」と言ってくれました。本業のエンジニアとしてキャリアを積みながら、キーボードの開発も続けられたら嬉しく思います。
——最後に、就職活動を控える後輩に向けてメッセージをお願いします。
まだ本格的に就職活動を始めていない人に向けては、まずは自分が受けてみたい企業を何社か思い浮かべて、その企業の選考スケジュールを調べることから始めてほしいと伝えたいです。
「自分は大手に受かるわけがない」と敬遠してしまうかもしれませんが、ESを提出するほとんどの学生が同じ気持ちで応募しています。会社の規模や知名度は関係なく、思い切って素直に自分が働きたい企業に応募してみるのが良いと思います。
就職活動を頑張りすぎている人は、不採用通知をもらっても、どうか0か100で考えないようにしてください。
複数社の選考を受けていると、そのうちの何社から不採用通知が届くことがあります。そのとき、自分はどこにも入社できないのではないか、合格通知をもらえなければ人生が終わってしまうと思い込んでしまいがちです。
その悲しみを少し軽減するためにも、就職活動は受験とは違い、いかに他者より高いスコアを出すかではなく、自分に合う場所を見つける期間だと捉えてみてほしいです。
たとえ応募した企業から内定がもらえなかったとしても、自分に合わない場所を見つけられたと切り替えてみると、少しだけ気が楽になると思います。精神的な健康を第一に考え、自分が幸せになれそうな環境に向かって、進んでほしいと思っています。



