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海外出身の同級生に感化され、自分も留学生に。オーストラリアから歩み始めたアニメ制作進行への道

木下 実咲さん

2025年度卒業

好きな業界で働くこと、業界をよりよくしていくこと——。その両方を志す木下 実咲さんは、DHU在学中にアニメ制作に関する知見を広げ、留学やインターンなどを通じて見聞を広めていきました。

その努力が実り、2026年4月からはアニメ製作会社「プロダクション I. G」の制作進行として働き始めます。どんな想いから制作進行という仕事を目指し、そのために必要なことは何だったのか。木下さんのDHU入学から卒業までの道のりを辿ります。

好きな業界で働ける、新しい可能性を授業で発見

——高校時代、どのようにして大学選びをしていきましたか?

進路について考え始めたころはやりたいことが見つからず、みんなと同じように大学に行くのか、どこかでアルバイトをするのか、決め切れずにいました。

もともと旅行会社やホテルなどで働きたいとは思っていたのですが、コロナ禍になり、旅行業界で働いていくのは厳しいと考えるようになりました。将来どうすればいいのか悩んでいたときに、両親から「好きなことなら何でもいいから、大学で勉強して頑張ってほしい」と励まされ、進学させてもらうことにしたんです。

自分は何が好きだろうと考えて、勉強したいと思ったのがアニメでした。特に『僕のヒーローアカデミア』の音響監督である三間さんという方が大好きで、将来は三間さんのような仕事に就きたいと思いました。

それから、アニメーションの専門学校や音楽大学などを見学しに行きましたが、自分がその学校で技術を習得して就職するイメージがあまり湧かなくて。家族や先生などに相談しながら大学を探し直したところ、専門領域も一般教養も総合的に学べて、アニメ業界への就職実績もあるDHUが一番自分に合うと感じ、専願で受験しました。

——DHUでの4年間を通じて、どんな領域を中心に学んでいきましたか。

やはりアニメ業界に関することを多く学べたと思います。1年生のときに受けた「アニメプロデュース」の授業では、アニメに関わるスタッフの編成を学べて、さまざまな職種の人がどんな役割を担っているのかを知りました。

正直に言えば、入学した当初は「入る大学を間違えてしまったかも…」と思っていました。周りの人はすでにグラフィックデザインや映像など自分の得意分野を持っていて、ツールなども当たり前に使いこなしていました。

一方でわたしはiPadに入っている音楽アプリで遊んだくらいしか経験がなく、音響に関する知見もほとんどない。みんなが使いこなしているツールにも苦戦していました。「わたしなんて全然すごくないよ」と彼女たちは言っていましたが、わたしから見たら十分すごい。周りの人に助けられてばかりで、自分がクリエイターになるのは難しいのではないかと、入学早々焦っていました。

そんなときに「アニメプロデュース」の授業で、アニメを制作するうえで欠かせない制作進行という仕事があると知り、自分にぴったりな仕事だと思えたんです。

企画、脚本、絵コンテ、アニメーションと表現を変えながらアニメが完成していく過程で、監督やキャラクターデザイナー、アニメーター、音響、美術など各クリエイターの橋渡しをするのが制作進行の仕事です。クリエイターを支援する立場から、アニメ業界に関われる職種があると分かり、制作進行として働きたいと思うようになりました。

それからは、アニメに関する授業受けているときに、自分が制作進行になるならこんな人と関わって、自分はこんな動き方をするんだろうなと、授業を通じて働くイメージを膨らませていきました。

留学生に感化され、オーストラリアへ留学

——木下さんは、1年次はDHUで過ごし、2年生から海外に留学しています。どんなきっかけで留学に踏み切りましたか。

自分の就きたい仕事が見つかったことで、それに向けて何かできることはないかと考えるようになりました。それなら日本人以外の人とも円滑にコミュニケーションが取れるよう、英語を話せるようになれたら会社に重宝されるのではないかと考えたんです。

より英語を学びたいと思ったきっかけは、Maki先生の英語の授業です。その授業は、プレゼンテーションや実際の生活を想定したデモンストレーションなど、実際に英語を使う演習が多い授業でした。もともとわたしは英語を話すことが得意ではなく、言葉が出てこないまま沈黙の時間が続いてしまい、入学した当初は正直苦手な授業だと思っていました。

ですが、「まずは自分の言葉でなくてもいいから、暗記して話してみよう」と先生から促され、完璧に話さずともまずは英語を楽しもうと切り替えるようになったんです。ファストフード店に行ったときにどうやって注文するかなど、店員やお客さん役を演じながら、普段の生活で頻出する英語を楽しく学んでいきました。

留学しようと思ったのは、韓国からDHUに留学してきた同級生の影響です。いまでこそ彼女たちは日本語がペラペラですが、1年生のときにはたどたどしい様子で、わたしと日本語で話そうとしてくれました。

日本人でさえ大学生活1年目は、戸惑ったり悩んだりすることが多いはずなのに、彼女たちは言語や文化も違う場所で、頑張ろうとしている。そんな姿に影響を受けて、わたしも自分の将来のために海外で頑張ってみようと思いました。

——2年生のいつごろから、どちらへ留学を?

2年生の9月から、オーストラリアのパースという都市に留学しました。現地の大学附属の語学学校で、日本人、特に関西出身の人が多いクラスでした。ネイティブの学生がいるクラスに入るのをイメージしていたら、関西圏に転校したような雰囲気で…(笑)。ついつい日本語が出てしまい、最初の数ヵ月は英語を話そうとしても詰まってしまうことがほとんどでした。

英語を聞き取れたり話せたりするようになったのは、アルバイトを始めてしばらく経ってからでした。

現地で知り合った友人の紹介で、キッチンカーで日本食を販売する接客の仕事に就きました。最初は、商品のトッピングが多いことに対して「Too much!」と言われても、聞き取れないくらいコミュニケーションが取れませんでしたが、働き始めて数ヵ月経ったころには、雑談ができるくらいにまで成長できたんです。「いい仕事してるね」「学校の宿題やってるの?頑張れ!」と常連客から声をかけられることが増え、少しずつ自信がついていきました。

学業と両立しながら、接客や議員インターンに尽力

——帰国後は、学内外を問わず力を入れた活動はありますか?

日本に戻ってからも、大学の授業を受けながら接客の仕事を続けました。そこは大手町にあるブリトー屋で、店員が一丸となってお店のファンを作ることをミッションにしており、お客さんとのコミュニケーションを大切にするお店でした。

お仕事帰りの方が買いに来てくれたら「今日もお疲れ様でした」とか、その日が木曜日であれば「今週は明日でラストですね」とか。定型的なコミュニケーション以外にも、お客さんと楽しく会話ができるやりがいのある仕事でした。

ほかにも、衆議院議員の方の秘書をするインターンができ、非常にいい経験になりました。選挙のお手伝いをしたり、議員の方が所属している党の勉強会に参加したり。中には日本のIPを保護しようと法の整備を進めている先生と関わる機会もあり、官公庁の人たちの働きが、アニメ業界にどんな影響を与えるのかを知れる貴重な経験になりました。

——留学をした後、アルバイトやインターンも精力的にされていたようですが、大学の授業との両立はできるものですか?

インターンなどは週に1日ほどしか参加していませんでしたし、忙しくてもなんとかなりました。オンラインで授業を受けたり、自宅で課題に取り組んだりしつつ、困ったときには先生からオンラインでアドバイスをいただいていたので、インターンやアルバイトと授業の受講を両立できたのだと思います。

アニメ製作会社「プロダクション I . G」の制作進行に

——木下さんは今春から、『攻殻機動隊』シリーズや『ハイキュー!!』などを手掛ける、アニメーション製作会社「プロダクション I.G」で働き始めます。最初はどんな軸で就職先を探していきましたか?

わたしは、アニメ業界が10年後も、20年後も続き、そこで働く人がより豊かに働けるようになってほしいと思っています。

だからこそ、業界が抱えているさまざまな問題について自分なりに考えながら、業界をより良くしていこうとしている会社や、人材を大切にしている企業を中心に見てきました。

——アニメ業界を志す人の多くが、「この作品が好きだから、それを制作した会社に行きたい」と考えて応募先を選ぶ人が多い中、違う切り口で企業を見ていったんですね。

そうですね。私にも大好きな作品はありますが、好きな作品に関わること自体をゴールにしたいとは考えていません。

というのも、仕事として関わることで純粋に作品を楽しめなくなってしまうのではないか、という思いがあり、好きな作品はあくまで好きなままでいたい気持ちがありました。

また、企業側も単なるファンではなく、仕事として価値を提供できる人材を求めていると考えたため、「どの作品が好きか」ではなく、「業界や会社に対して自分がどう関われるか」という軸で応募先を選びました

——選考を受けて印象に残っていることはありますか?

「アニメ業界にどんな問題があると思いますか?」と、わたしがまさに答えたい質問をしてくれる企業もあれば、わたし自身のパーソナリティーを深堀ってくれる企業、作品への愛がどれほどあるのかを見極められる企業もあり、それぞれの選考に特色があったのが印象的でした。

特に、プロダクション I.Gの社長との最終面接が印象深いです。それまでに15社ほど選考を受けていて、なかなか最終面接まで進めず、やっとの思いで辿り着いた最終面接でした。会社の最寄り駅に着いても、震えながら自己PRの練習をブツブツ繰り返していました。

面接では、「業界が抱える問題に対して御社でどのように取り組んでいきたいか」を緊張しながらもお伝えしました。

すると社長が「急がなくてもいいよ、木下」と声をかけてくださり、とてもフレンドリーに受け止めてくださったんです。

さらに、「うちは定時で退社できるようにみんなで努力している」「女性も多く働いているので、家庭も大切にしながら働ける環境をみんなで作っている」といったお話も伺い、会社として働き方の課題に向き合っていることを実感しました。

また、「この人についてキャリアを考えていくといいよ」と、具体的に将来のキャリア形成についてまで言及していただいたことがとても印象に残っています。単なる採用の場ではなく、入社後の成長まで見据えて向き合ってくださっていると感じ、とても嬉しかったです。

加えて、「業界への想いも、働いていると忙しさの中で見失ってしまうこともあるから、自分が安心して帰れる居場所を作っておくといいよ」といった言葉もかけていただきました。仕事だけでなく、その人自身の在り方まで考えてくださっていると感じ、とても印象に残っています。

そうした言葉に安心し、この会社でなら自分の描いているキャリアを実現していけるかもしれない、とイメージすることができました。

——働き方や業界の問題を意識するようになったのは、どんな理由からでしょう?

大学2年生の頃に読んだ新聞記事がきっかけです。アニメーターの方が、親からの仕送りを受けながら制作を続けているという内容で、とても驚きましたし、同時にやるせない気持ちになりました。

大学では、日本のアニメが大好きで日本に留学してきた学生にも多く出会いました。世界中にファンがいて、これだけ大きな影響力を持っている産業であるにもかかわらず、そこで働く人が安定した生活を送ることが難しい現状に、大きなギャップを感じたんです。

だからこそ、日本のアニメがこれからも国を代表する産業として発展していくためには、まず働く人たちが安心して、そしてワクワクしながら仕事に取り組める環境を整えていくことが重要だと考えるようになりました。

その思いから、インターンや留学を通してさまざまな価値観や働き方に触れ、自分にできることは何かを考えながらスキルを磨いてきました。

将来的にはアニメが国の基幹産業になると言われている中で、アニメ業界にいる人が、身体を酷使せず、よりよい働き方をすることが非常に重要だと思っています。

わたしがこれから始める制作進行という仕事は、アニメの制作に携わるさまざまな人と関われる仕事です。ときには「木下さん、そうは言うけど現実はね」と、跳ね返されることもあるかもしれませんが、いろいろな方の働き方を知りながら新しい風を吹かせる存在になっていきたいです。

——最後に、DHUへの入学を考えている方、留学を考えている方にメッセージをお願いします。

DHUは、アニメの作り方や実写映像の制作、広告など、さまざまなことを学べる大学であり、自分に合いそうな仕事、そうでない仕事を発見できる場所だと思います。

同級生と自分を比較してしまうと、自信を失うときもあるかもしれません。ですが、そういった人と切磋琢磨してクリエイターになるのか、彼らをサポートする側になるのかを自分で選び、諦めずに進んでほしいと思います。

もしDHUから留学する場合は、留年をすることなく、学業と学外の活動を両立させながら、英語を習得できるはずです。アニメ業界に限らず、日本には海外出身のクリエイターがたくさんいて、一緒に仕事をする機会があると思うので、外国語を話せる人材は重宝されると思います。きっと自分の財産になると思うので、思い切って挑戦してみてほしいです。

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