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【開催レポート】墨田クリエイターズバトン第2回  『まち』と『表現したい人』をつなげる

【開催レポート】墨田クリエイターズバトン第2回  『まち』と『表現したい人』をつなげる

開催日時

2021年12月10日(金)19:20~21:00

場所

オンライン開催(ZOOM)

レポート

デジタルハリウッド大学 2年  堀合 桜子

 2021年12月10日、デジタルハリウッド大学では特別講義『墨田クリエイターズバトン第2回【『まち』と『表現したい人』をつなげる】』を開講しました。

 講師を務めてくださったのは、すみだ向島EXPOで芸術監督を務めたアーティストのヒロセガイさんです。墨田区の江戸から続く伝統をアーティストの力で表現していくための場所づくりと下町のコミュニケーションについてご講演いただきました。

古民家との出会い

 ヒロセさんは、まずご自身の活動についてご紹介されました。

 ヒロセさんが20代の時、他のアーティストが美術館に作品を展示することを目標にしていることに疑問を持ったそうです。そこでヒロセさんは、クラブのイベントなど、人々が活発的に活動している場所に作品を展示されました。「自分の作品をアピールすることを目的とするのではなく、社会の仕組みをアートの力で手助けをすることを目的とした。」とヒロセさんは語られます。この活動をされていた頃に出会った「場」の一つが、古民家でした。

 古民家は、「住むには危険」や「不便」といった認識をされており、そこに住む人は徐々に減っていく傾向にありました。しかし、ヒロセさんは「アーティストにとってこの傾向は有利だった」と仰られます。その理由は、人が住まなくなった古民家がアーティストの手によってアトリエやお店に変わり、自由に活動ができる場となるからだそうです。

活動の広がり

 活動を始めて数年間が経った30代のヒロセさんは、古民家の改修からさらに活動の幅を広げます。ヒロセさんが活動を知ったある大家さんが、所有していた建物をヒロセさんに譲ってくださったそうです。その建物は廃墟とも呼べるような状態だったそうですが、その場所を戦後すぐのような環境として実際に住み込むという表現活動をされます。この廃墟での活動が知られたのか、多くの外国人からヒロセさんの活動についてや廃墟について聞かれることが増え、それが相談事なども増えていきます。そんな彼らとのやり取りが、ついにはネパール人のレストランを引き継ぐことまで発展し、ヒロセさんは現在、大阪と、東京墨田区でネパール料理店の展開もされているそうです。

墨田区での活動のきっかけ

 ヒロセさんが墨田区で活動するようになったきっかけについてもお話しいただきました。関西での活動が主だったヒロセさんは、ある時、友人の主催する劇団の公演を見に行きました。その公演の開錠が墨田区だったそうです。その劇は古民家を会場とし、主人公以外の登場人物は地元の人々が演じており、出演者はみな率先して劇に参加していたそうです。その光景を見て、ヒロセさんは墨田区で人が集まる場所を作りたいと思ったそうです。

外から来た宇宙人

 ヒロセさんが墨田区で活動を始められ、そこでの活動の一つが、すみだ向島EXPOの会場の一つとなっている、元は米屋だった古民家「京島駅」の改修です。

 京島駅の改修は、壁や床の張り替えなどの工事ではなく、天井一面に絵を描くなど、建物を楽しい場所にすることを目的として改修されていきました。ヒロセさんは京島駅の改修を通じて、「自身が手を加えることで建物の時を動かしたいと思った。でもそれだけでは建物の時を動かすには足りないと。より良くするためにも、自分が住みながら改修を進めようと思った。」と話され、実際に京島駅に住むようになったそうです。

 京島駅がある墨田区向島に住み始めた当初、向島に住む人々からはヒロセさん達アーティストは「外から来た宇宙人」のように思われていただろうとヒロさんは振り返ります。「よくわからない不思議な人たちが使われなくなった古民家に集まり、塗装などの作業をしている様子は、その地域に住んでいる人々からは異様なものとして見えてしまっていただろう」と、当時のことを話されました。しかし、徐々に京島駅には人が集まり始めました。それは、京島駅に住み続けて活動を続けたことで、アーティスト達は「外から来た宇宙人」から「愉快な隣人」へと変化していったからと仰っていました。これは講義の冒頭にヒロセさんが語られた「自分の作品をアピールすることを目的とするのではなく、社会の仕組みをアートの力で手助けをすることが目的」ということが下町の人々にも伝播していった結果だとお話されました。

芸術祭のその先へ

 ヒロセさんは、「多くの芸術祭は、活気がない場所や被災地で開催されます。それはその場所に人を呼び込むためであり、お祭りを開くことで地元の人々に元気になってほしいという思いから来ています。しかし芸術祭を開いた後、その地元の人々との関係を蔑ろにしてしまうのは、本当の意味でその地域の人を手助けすることにはならないのではないかと考えています。」とご自身のお考えを語られました。「人々に楽しんでもらう、元気になってくれるようにするためには、芸術祭が終わっても地元の人との継続した関係性を持たななければ本当の意味で変わっていきません。芸術祭を開いた地域で、『この街にはアートが必要だ』と思われることが最終目標です。」とヒロセさんは仰られました。

残したい下町

 ヒロセさんは、ご自身のフィールドの一つである墨田区についても語られました。

 「古民家の改修活動をはじめた頃にあってほしいと感じた下町の雰囲気は、東京の墨田区にありました。ここは以前僕が持っていた東京のイメージとは違い、お節介でおしゃべりでした。本来の江戸っ子はこんな感じだったんでしょう。」ヒロセさんは笑いながら話されました。

最後に、学生に対して次のようなメッセージを送られました。

 「何かやりたいことがある時は考え過ぎずに、流動的に進めていくと物事が進んでいくと思います。やるべきことを決めすぎてしまうと間違いは起こりにくいかもしれませんが失敗した時に『せっかく準備したのに』と落ち込んでしまい、Try & Errorの回数が減ってしまいます。しっかり準備していくのも大切なことですが、まずはやってみることが大切だと思います。」

   

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だから、とにかく一歩踏み出す
その選択が正しいかなんて、
今の時点じゃ誰にも分かんないし

最終的に、自分の道は、
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みんなを生きるな。
自分を生きよう。

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