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【開催レポート】松山周平氏によるお特別講義「テクノロジーを用いたアート体験開発」

【開催レポート】松山周平氏によるお特別講義「テクノロジーを用いたアート体験開発」

2026年5月12日、デジタルハリウッド大学は、公開講座「テクノロジーを用いたアート体験開発」を開催しました。登壇者は、株式会社enigma代表取締役社長・アーティスティックディレクターの松山周平氏。本講座では、京都の寺院を舞台にしたイマーシブ作品「Stillness」、大阪・関西万博のいけばな展「いけばなの根源 池坊展-TRANSITION-」、大規模展覧会「攻殻機動隊展 Ghost and the Shell」などの事例を紹介しながら、「体験を作る」とは何かを解説。さらに自身の作品制作やキャリア観を通じて、体験設計という仕事の本質について語りました。

「1万年残るものを作る」――「体験」は未だに体系化されていない領域

株式会社enigma代表取締役社長・アーティスティックディレクターとして、デジタルテクノロジーを用いた大型の体験コンテンツの制作に携わってきた松山氏。空間演出だけでなく、AR・VRを含むXR領域のプロジェクトを常設空間へ落とし込み、さらにはテクノロジーを活用したグラフィックデザインをファッションへ応用する取り組みなど、さまざまな表現手法で作品を発表しています。その出自はロボットエンジニア・プログラマーであり、アーティストではありません。稀有な経歴を持つ松山氏は、体験型コンテンツの持つ可能性をこう語ります。

「体験型コンテンツやビジュアルアートを手掛ける会社は世の中にたくさんあります。その中で、株式会社enigmaでは『1万年残るものを作る』をオリジナリティとして、ビジョンに掲げています。これは、明日TikTokでバズるものを作るというよりも、自分たちが死んだ後に価値が生まれるものを追いかけようという考え方です。ピラミッドの約5000年を超えるようなものを生み出したいというのが私たちの目標です」

ピラミッドにおける石のように物体として残り続けるものではなく、価値として残り続けるものを目指したとき、自然にアートという選択肢に行き着いたと言います。

「ピラミッドも石だから残っているのではなく、”保存する価値がある”と後世の人々が考え続けてきたから残っているのです。私たちが言う『1万年残るもの』とは、未来の人々が次の世代にも残したいと思える価値を持つものです。そう考えたとき、自然とアートへ進んでいきました。私たちはアートを作ろうとしているのではなく『1万年残るものを作ろうとすると、結果としてアートになっていく』と考えています」

本講座のテーマである“アート体験”について、「日本語の体験という言葉は、まだ十分に整理されていない概念です。今日の講演でも『体験とはこれです』という明確な定義を示すことはできません」と注釈を述べた上で「その代わり、いくつかの事例を通じて、私たちがどのように考え、どのように体験を設計しているのかをご紹介します」と前置きをし、手がけた作品の制作過程の解説に移りました。

概念を体験へ翻訳する――「Stillness」と「いけばなの根源 池坊展-TRANSITION-」の事例

始めに紹介されたのは、京都の寺院を舞台にしたイマーシブ作品「Stillness(スティルネス)」です。文化庁のプロジェクトとして制作され、寺院を全て3Dスキャンし、そのデータを活用した本作品において、松山氏は副住職との対話が重要だったと振り返ります。

「副住職の方と話し合ったのが、『悟りや無の状態を、言葉ではなく体験として伝えられないか』でした。禅について考えたことがある方なら『悟りとは何か』『心を無にするとは』という疑問を持ったことがあると思います。言葉で説明することはできますが、本当に理解するには非常に時間がかかります。本来なら何十時間もかけて学ぶような禅の思想を、5分間のイマーシブ体験として凝縮し、音と映像によって身体全体で感じてもらうことを目指しました」

また、作品内ではタイトル「Stillness」(静寂)とは裏腹に、激しい音と映像が使われています。この表現も副住職との対話から着想を得たものでした。

「『本当の静寂とは外の音がないことではなく、自分の中の雑音が消えた状態』という話を伺い、自分と外界の境界が曖昧になって自分を意識しなくてもよくなる感覚の可視化に挑戦しました。音に包まれ、具体的な形が徐々に抽象化され、世界と溶け合っていくような映像表現を取り入れています」

この作品における体験とは、禅という概念を言葉なしで理解するためのコミュニケーションツールであると解説しました。

次に取り上げた作品が大阪・関西万博のいけばな展「いけばなの根源 池坊展-TRANSITION-」です。この作品は、映像コンテンツではなく、空間そのものをどのように体験として設計し、文化背景の異なる世界中の人たちに楽しんでもらえるかを考えたプロジェクトだったと振り返ります。

「行き着いた答えはシンプルで『順番に見ないでください。自由に見てください』という展覧会でした。来場者が『あの作品が気になるから近づいてみよう』と、自らの興味に従って動き始める能動的な鑑賞体験を作りました」

従来のいけばな展は、順路に沿って正面から鑑賞する形式が一般的です。この鑑賞体験を再設計し、順路をなくし、自由回遊型の展示へと転換することで、来場者が自ら作品を探し、空間全体を体験する仕組みが作られています。

さらにいけばなの重要な要素である“時間芸術”に関しても、光と音でアプローチを行っています。

「いけばなは生き物です。花を生けた瞬間から枯れ始めます。しかし私は、それこそがいけばなの本質のひとつだと考えています。今回の会場は、朝から夜まで展示が行われる場所でした。昼と夜では光がまったく異なります。照明やサウンドも常に変化しています。地球、植物、テクノロジー、それぞれ時間変化。これらが同時に重なり合うことで、その瞬間にしか存在しない景色が生まれます。タイトルの『TRANSITION』(変遷)は『多重に織り重なる変遷を空間に展開するいけばな展』というコンセプトから名付けました。」

ここで重要なのは、空間と時間というふたつの体験を同時にアプローチしている点だと、松山氏は語りました。

世界観を体験化する――「攻殻機動隊展 Ghost and the Shell」と「Plurality of Life — 純粋な命と、多様な命」

「攻殻機動隊展 Ghost and the Shell」における導入エリアの体験設計では、「『攻殻機動隊』という作品世界にしっかり没入した状態で本編へ入っていけたら、展覧会全体の満足度は大きく変わるはず」という仮説から、制作が始まりました。

そこで松山氏は、プロジェクトメンバーで『攻殻機動隊』を視聴。登場する人物、出来事、名シーンなど、およそ1,300個の要素をデータベースとして登録し、リアルタイムで動作するアプリケーションによって、ディスプレイやプロジェクターなどに投影する空間を制作することにしました。

「要するに『電脳空間が実在したらどうなるか』をテーマにした体験づくりです。重要なのはテクニカルの優秀さではなく、生きている電脳空間に見えること。『なんだか仕組みはよくわからないけれど、みんなが触ると何かが変わっていく』『その空間に長時間たたずんでしまう』という状態が生まれれば成功だと考えていました。映像だけでなく立体音響システムも導入し、電脳空間の環境音を再現。音を含めて環境そのものを作ることを目指し、没入感を最大限まで高めました」

また、よりアートに近い制作事例として挙げた「Plurality of Life — 純粋な命と、多様な命」は、「1対3000万の命」をテーマに作られました。木材で制作した蓮を地上約250メートルの高さにあるインフィニティプールの上へ配置し、東京の都市風景を背景に展示。光と音によって来場者の意識を都市と花の間で揺れ動かす体験設計を実現しました。

「この作品を通して考えてほしかったのは、『命とは何か』ということです。もし私が今ここで『花にも命があり、都市にも命があり、それらを比較して……』と延々と言葉で説明したとしても、おそらくあまり伝わらないでしょう。だからこそ、体験に変換する必要があります。体験として感じてもらうことで、初めて伝わることがある。この作品はそのために作られました」

こうしたイマーシブ体験の究極系は小説だと松山氏は考えます。

「​​小説には文字しかありません。しかし読み進めるうちに、登場人物が話し始め、情景が立ち上がり、自分の中に世界が生まれていきます。実写映画化されたときに、自分のイメージと違うと思うことがありますよね。それは、小説を読んでいる段階ですでに自分の中に世界が成立しているからです。私は、これこそが究極のイマーシブ体験だと思っています」

「何を感じてもらうか」が出発点であり、アウトプットは結果にすぎない。

最後の事例として、松山氏が自主制作として取り組んでいる通称「岩プロジェクト」が紹介されました。幼少期から自然物に興味があったことをきっかけに、世界各地で岩の3Dスキャンを採集し、作品制作をしている松山氏。「岩のぬいぐるみ」や「岩のオーディオビジュアル」など多様なアウトプットで作品を発表しています。

「このプロジェクトで面白いのは、同じテーマを扱っているにもかかわらず、作品ごとにフォーマットがまったく違うことです。ある作品はインスタレーション、ある作品はイマーシブ体験、ある作品はライブパフォーマンス、ある作品はぬいぐるみ。フォーマットによって生み出される体験が異なるため、こうしたアウトプットになっています」

また、本講座で紹介した事例にも同じことが言えると松山氏は言います。

「Stillnessはイマーシブ作品です。TRANSITIONは空間デザインのように見えます。『攻殻機動隊』展は、空間全体に拡張されたアプリケーションとも言えます。蓮の作品は、見る人によってはイルミネーションのようにも見えるかもしれません。岩プロジェクトはさらにその境界を越えて、アナログもデジタルも関係なく展開しています。私にとって体験設計とは体験した人に何を感じてもらうか、です。アウトプットは結果であって出発点ではありません」

だからこそ、デザイナー、プログラマーなどの肩書きにとらわれず「自分は何を作りたいのか」を考えることが重要であり、自分自身で可能性を限定しないことが大切だと、学生たちにアドバイスを送りました。

質疑応答

Q. インスタレーション作品は大規模ですが、どのようにスケジュールを立てていますか。また、制作期間はどれくらいですか。

A.その質問は今日あえて触れなかった「プロダクション」の領域の話になります。実際に制作を進める側の仕事では、経験が非常に重要です。この規模感ならこれくらいの期間が必要だろう、この内容ならこれくらいの人員が必要だろう、といった感覚は、やはり現場経験を重ねることで身についていきます。ですので、「制作期間はどれくらいですか」という問いに対しては、「案件による」が答えになりますが、経験を積めば、内容を見ただけで大体どれくらいか想像できるようになります。

Q. 大学では何を専攻するのが一番近道でしょうか。3DCG、VFX、プログラミング、VR、AR、メディアアートなど、どれが良いですか。

A.これは先ほどお話ししたこととも重なるのですが、正直なところ「どれでもない」が答えです。今は「これをやっていれば有利」という時代ではなくなってきています。それよりも「自分は何をやりたいのか」を明確に語れることの方が大事です。

Q. アート作品を作るとき、どこから着想を得ているのでしょうか。

A.アート作品の場合、自分の中からアイデアを生み出さなければなりません。空っぽの状態では何も作れないので、その種をどう作るかが重要になります。そのために、いろいろなものを見たり、いろいろな場所へ行ったり、さまざまな体験をしたりします。よく漫画家の先生が「原稿が進まないから旅行に行く」と言いますが、あれは意外と本質的です。そういう行為そのものが創作の種になるのだと思います。

Q. さまざまな専門家とコラボレーションされていますが、コミュニケーションで大切にしていることはありますか。

A.それは非常に重要なテーマですね。まず大前提として、相手へのリスペクトは必要です。その上で、僕が意識しているのは「プロのなぜなぜくんになること」です。例えば、いけばなの先生と仕事をするとき、僕自身はいけばなを学びません。もちろん理解しようとはしますが、あまり深く入り込みすぎると、その世界の常識に引っ張られてしまうからです。

例えば「いけばなの背景にある衝立って、なくしてもいいんじゃないですか」というようなことを言うわけです。もちろん失礼にならない形で提案しますが、そうやって既存の型を少しずつ変えていくことを意識しています。よく「型破り」と言いますが、型破りは型を知っている人がやることです。僕はむしろ「型なし」なんです。最初から型に入らない。だからこそ、オルタナティブな選択肢を提案できるのだと思っています。

Q. 岩プロジェクトについて質問です。自然物に興味を持ったとのことですが、なぜ葉っぱや花ではなく、岩だったのでしょうか。

A.それは本当にシンプルで、子どもの頃から石や貝殻を拾うのが好きだったからです。アート作品を作る時は「なんとなく良さそう」ではなく「自分の中の本当に大事な価値観は何か」を掘り下げる必要があります。その結果、自分の場合は岩だったということです。「なぜ岩なのですか」と聞かれたら、「岩が好きだからです」としか言えません。でも、その理由のない好きという感覚は、とても大事だと思っています。虫が好きな人がいる。魚が好きな人がいる。それと同じです。理屈では説明できない引力のようなものがある。その感覚こそが、自分だけの作品を作る上で最も重要なものだと思います。

文:ババショウタ