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【開催レポート】特別講義「アニメーション監督 朴 性厚の軌跡:韓国から日本、そして世界へ。」

【開催レポート】特別講義「アニメーション監督 朴 性厚の軌跡:韓国から日本、そして世界へ。」

2025年1月23日、デジタルハリウッド大学は、本学留学生・海外出身者との仕事に興味がある在学生を対象にした、特別講義「アニメーション監督 朴 性厚の軌跡:韓国から日本、そして世界へ。」を開講しました。
担当講師である朴 性厚(パク ソンフ)氏は、韓国から日本へ留学し、日本国内のアニメ制作会社へ就職。『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』の原画、『呪術廻戦』のテレビシリーズ・劇場版の監督などを務めてきました。
本講義では、日本の専門学校から就職し、アニメーションスタジオ「E&H production」を自身で立ち上げるまでの遍歴を話していただきました。
日本で2Dアニメを作るか、アメリカで3Dアニメを作るか

日本のアニメ業界で働き始めてから20年以上になる朴氏。アニメ監督になる夢を持ったのは30年以上前だと言います。
「小学生のときに見ていた『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』にとても憧れて、将来はこんな作品を作れる監督になりたいと思いました。それから高校では美術を学び、アニメについて学べる大学へ進学したのですが、教えられる先生は少なく、まだ設備も整ってはいませんでした」
韓国の大学に通っていた朴氏が考えた選択肢は2つ。日本に留学して日本の制作会社に就職するか、アメリカへ留学してピクサーのようなスタジオに就職するか。1996年に『トイ・ストーリー』が公開され、これからは3Dアニメの時代になるのではないかと考えた朴氏でしたが、進路を選択するにあたって自分が好きなことは何かを考え直したと言います。
「もちろん3Dアニメは大好きなのですが、自分の手で絵を描き、止まっている絵を一つひとつ動かす、それを突き詰める職業に対する興味深さが勝りました。アニメの本場である日本で、大好きな絵を描くことを仕事にしたいと思い、日本への留学を決めました」
それから、日本語学校へ1年通い千代田工科芸術専門学校へ入学。誰よりもきれいな線が描けるようになりたい、誰よりもデッサンが上手くなりたいという気持ちで、勉強を進めていったと言います。
「アニメーターは俳優だ」心に刻まれた先輩のひとこと
専門学校卒業後、朴氏はアニメ制作会社「スタジオコメット」へ入社。当時好きだった『ドラゴンクエスト』を手掛けた会社であったため、スタジオコメットを選択しました。朴氏は、スタジオコメットで大切なことを学んだと言います。
「アニメーターとして自分の中で何を大切にされていますか?という質問を頻繁にされるのですが、決まって、コメットで学んだことを回答しています。先輩から教えてもらったのが、“アニメーターは俳優だ。お前自身が役者としてキャラクターになるんだ”ということ。この考え方は今でも大事にしていて、『呪術廻戦』の七海が走り出すシーンの絵コンテを描く際には、七海だったらどんな動き方をするか、演じている自分の姿を鏡で見てから描きました」
また、「一致団結して作ったアニメのオンエアを、制作陣で見守った経験も心に残っている」と話す朴氏。
◯◯さんが担当した今のシーンが良かった、やっぱりあそこはもう少し手を加えるべきだった。そんな話をしながら視聴するのが、スタジオコメットの慣習だったそうです。「海外から日本にやってきた朴ではなく、あのカットを描いた朴としてチームの一員になった経験が大事な思い出になっている」と話しました。
その後朴氏は、自身のステップアップを図るため慣れ親しんだスタジオコメットから、アニメ制作会社「C2C」へ移籍。C2Cでは、『FAIRY TAIL』の作画監督、『ブレイクブレイド』のメカ作画監督などを経験しました。
そして朴氏は、幼少期から考えていた監督になる夢を実現するため、憧れだった木崎 文智監督が在籍しているアニメーションスタジオ「GONZO」へ。木崎監督率いる『BAYONETTA Bloody Fate』チームに入り、絵コンテの描き方、カメラレンズの調整方法など、子どものように質問をしながら監督の隣で技術を盗んでいったと言います。
「結果を出せたら次のステップ」プレッシャーを楽しめるアニメーターに
『BAYONETTA Bloody Fate』の仕事が終了したころ、渡辺 信一郎監督による『残響のテロル』の制作が始まるということで、アニメーションスタジオ「MAPPA」から声がかかります。
「当時、GONZOでは次のステップへ進めず、絵コンテを描ける現場を探していたところでした。MAPPAの面接を受け、その場には丸山会長や大塚社長がいたのですが、“絵コンテを描きたい。そういうチャレンジはできますか?”という希望を伝えたんです。すると、“結果を出してもらえたら、もちろん次のチャンスはあります”と答えていただいた。オープンマインドな雰囲気が伝わり、監督になる道がひらけると思いMAPPAに入社しました」
『残響のテロル』の制作を通じ仕事ぶりが認められた朴氏は、『牙狼〈GARO〉-炎の刻印-』で絵コンテ・演出・作画監督に抜擢されました。続編である『牙狼<GARO>-VANISHING LINE-』が初監督作品になり、以後監督としてのキャリアを歩み始めます。
「結果を出したいという気持ちが、自分に大きなプレッシャーをかけていましたが、そんなプレッシャーすらも楽しめるアニメーターであらねばならないと思っていました」。MAPPAに移籍してからの約8年は非常に楽しかったと当時を振り返ります。
一致団結できるアニメーションスタジオを創業

監督になる夢を実現した朴氏でしたが、ほかにも夢があったと言います。それが、韓国でアニメーションスタジオを作ること、オリジナル作品を企画・制作すること、従来のアニメの制作フローを変えること。
特に朴氏は、制作フローについて、より効率化できる部分があるのではないかと常々疑問に思っていたそうです。
制作の効率化を実現するためには、自分がスタジオを立ち上げるしかない。そう思い立ち「E&H production」を創業。朴氏の考えに賛同してくれたメンバーと一緒に、MAPPAから独立しました。
E&H productionでは、自身が募ったメンバーとともに、『NINJA KAMUI』や尾田 栄一郎氏原作『MONSTERS 一百三情飛龍侍極』などを一致団結して制作。制作現場以外の場面でも、朴氏はスタッフの一致団結を図る試みをしていると言います。
「E&H productionには、韓国、フランス、オーストラリア、デンマーク、ベラルーシ、メキシコなど各国のアニメーターが集まっています。僕は仕事以外でも一致団結できる場を作りたいと思っているので、福利厚生の一環で、日本語が不慣れな社員向けに日本語講座を開いています。週1回、就業時間中に実施しているのですが、少しでもコミュニケーションを取りやすくなってほしいと思い企画しました。日本人の社員に対しては、最近韓国ドラマが好きな人が増えていることもあり、韓国語講座を実施しています」
そして2025年夏、朴氏原案の完全新作オリジナルアニメーション『BULLET/BULLET』が、ディズニープラスで独占配信されます。アニメーション監督になり、自身でスタジオを立ち上げ、オリジナル作品に挑む。今日に至るまでに、さまざまな夢を叶えてきた軌跡を紹介しました。
質疑応答

特別講義終盤には、多くの学生から朴氏へ質問が寄せられました。
Q.アニメ監督になるために、学生のうちからやっておいた方が良いことは?
A.アニメは総合エンターテインメントなので、いろんなことをやる必要があると思っています。たとえば『呪術廻戦』のあるバトルシーンで、月光の漏れを描写するシーンがあるのですが、以前に見に行ったコンサートの演出を思い出しながら絵コンテを描きました。監督は、絵も音もすべてコントロールしなければなりません。コンサートでも良いですし、街を散歩したり美術館に行ったりして、自分の肌で何かを感じ取ってください。
Q.私はほかの学生と比べると技術力がないと思ってしまい、将来アニメ業界で働けるか心配です。業界に入るために最低のレベルはどれくらいですか?何年くらい努力が必要なのか聞きたいです。
A.僕はスタジオコメットに入社して原画を担当したとき、いきなり「30カット」任せてくださいとお願いしたんです。できたものを演出家に提出したら27カットがリテイクで、「これ全部やり直し」と言われてしまいました。すごいショックで、「自分はアニメーターとしてやっていけないかも」と思いましたが、そこから「この会社で生き残ってやろう」という気持ちでデッサンの練習などをやり直していきました。だから僕はどれくらいの技術が必要かではなく、「アニメ業界になんとしても生き残ってやる」という気持ちを持っていることが、最低限必要なことだと思っています。
Q.仕事をする中で、外国人だから得られたメリット、デメリットはありますか?
A.日本で『冬のソナタ』が流行したときに、カラオケでその主題歌を原曲で歌って大爆笑されたのはメリットだったかもしれません(笑)。それで会社の先輩との距離が近づいたと思います。デメリットに関しては、「外国人だから仕事をお願いするのは難しい」と変な空気になり、チャンスが回ってこなかったこと。だからといってへこむことはなく、日本で仕事をしているひとりの大人として乗り越えていこう、偏見をなくしていこうと思って働いていました。
Q.「E&H production」の設立経緯を伺い、アニメ制作のシステムを変えたいという言葉が響きました。現存するシステムとは異なる、E&H productionの取り組みがあれば教えていただけないでしょうか?
A.人員と、ゆとりのあるスケジュールを確保するために、社内に固定化した少数精鋭チームを作って、業務をなるべく内製化するよう努めています。通常、アニメが1クール終わると、美術、CG、背景担当などの人は別の仕事があるため、制作チームが一度離散します。新たに別のアニメ制作を始めようとすると、関係性がある人を再び招集するのは簡単ではなく、また新しい人を探したり、外部に発注したりしなければなりません。一方で、E&Hは特定の業務については外に発注していません。たとえば社内スタッフが背景を3Dで組み、どこにでもカメラを配置できるシステムを構築しています。この場合、外に頼んでできあがった2Dの背景に手を加えるよりも、背景・演出・監督など社内にいる人間が話し合いながらアングルを決められるんです。まだ完璧な体制ではありませんが、これまでの制作工程を見直しながら新作のアニメに挑んでいます。
講義の終了時刻が近づいても質問が止まることなく、非常に多くの学生が朴氏と交流でき、特別講義が終了しました。講義終了後には朴氏によるサイン会も開催されました。
