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開催レポート:デジタルハリウッド大学 講義 「イノベーター論」

開催レポート:デジタルハリウッド大学 講義 「イノベーター論」

「イノベーター論」とは、学長が担当する『イノベーターとして「ビジョンを共有し、世界を変革し、未来を先導する」人材を育成する。イノベーションが起こる源泉を知り、学生諸君自身がイノベーターとなる方法論を探索できるようになること。』を学習目標とした本学の2-4年生を対象とした講義です。

2020年10月5日、ゲスト講師を音楽家の渋谷慶一郎氏が務めてくださり、前半は今までの活動や作品について紹介、後半は学長との対談、学生との質疑応を行っていただきました。

ゲスト講師 : 渋谷慶一郎 氏
東京藝術大学作曲科卒業、2002年に音楽レーベル ATAKを設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。2012年、初音ミク主演による人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表。同作品はパリ・シャトレ座での公演を皮切りに現在も世界で公演が行われている。2018年にはAIを搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ『Scary Beauty』を発表、日本、ヨーロッパ、UAEで公演を行う。2019年9月にはアルス・エレクトロニカ(オーストリア)で仏教音楽・声明とエレクトロ二クスによる新作『Heavy Requiem』を披露。人間とテクノロジー、生と死の境界領域を作品を通して問いかけている。2021年8月には新国立劇場で新作オペラ作品『Super Angels』を発表予定。最近では、今年9月公開の草彅剛主演映画 「ミッドナイトスワン」の音楽を担当、本作のために書き下ろしたメインテーマが予告編と同時に発表された。

杉山知之学長(以下、杉山)

本日は音楽家の渋谷慶一郎さんにお越しいただきました。渋谷さんとはあまり話したことがないのですが、図々しくも「イノベーター論」に出てくださいとお願いして実現しました。

僕は音楽が好きで、もう50年間くらい聞いていますけれど、渋谷さんは「音楽芸術という領域を広げようとしている方」だと思うんですね。「こういうのが音楽だよ」とまとめないで、じわじわと領域を広げている方。他のものとの融合に躊躇しない、まさに音楽家としての“イノベーター”だなと思い、今回オファーさせていただきました。

それでは渋谷さん、よろしくお願いいたします。

1. 渋谷慶一郎氏 自己紹介

渋谷慶一郎氏(以下、渋谷)

よろしくお願いします。前半に自分のことを説明して、その後に杉山先生とお話しできればと思います。

僕はあんまり上から人にものを教えるのは好きではないんです。あと、自分のかゆいところに手が届く授業は大学でも高校でもそんなになかったと思っていて。なので今日みたいにたまに講義したりする時は、なるべく聞いている学生にとって役に立つことを話したいと思っています。

僕は一応音楽家ですけれど、ジャンルに分け隔てなく色々なコラボレーションをしています。最近やっていることの前に、2006年に出した自分にとって大きい節目になる作品を紹介しますね。

「filmachine」(2006年)

こちらが「filmachine」というインスタレーション作品です。東京大学の複雑系研究者の池上高志さんと制作しました。三次元立体音響とLEDを駆使したサウンド・インスタレーションで、今でこそマルチチャンネルやバイノーラルは流行っていますけど、当時でいうと画期的な作品でした。

filmachineをベルリンで発表して、非常に成功したのですが、そのあとに180度方向を変えて突然ピアノソロの作品を出しました。ここからコンピュータとピアノの二本立てみたいな活動にシフトしました。

“for maria” Playing Piano with Speakers for Reverbs Only in Daikanyama, Tokyo

『THE END』(2012年)

その後、2012年に『THE END』という作品を発表しました。初音ミク主演のオペラです。と言っても、歌手もオーケストラもいない“人間不在のオペラ”です。

初音ミクの衣装はルイヴィトンに作っていただきました。伝統と格式のあるブランドが、コンピューターグラフィックスの衣装を手がけるというギャップが面白いなと思ってお願いしたら、当時のデザイナーのマーク・ジェイコブスのスタジオのスタッフたちが「これはぜひやろう!」ということになって実現しました。

豪華絢爛なオペラハウスに人間がいなくて、そこにあるのはCG、アニメーションだけ。スピーカーは数限りなく張り巡らされており、立体音響の技術を使って音が舞い踊るようにしました。これが大成功して、転機になったと思います。

『Scary Beauty』(2018年)

次の作品は、アンドロイドによるオペラ形式の舞台です。2018年に科学未来館で発表した、オーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ『Scary Beauty』です。

そこに、やっぱり人間はいません。なぜオペラにこだわっているかというと、オペラは人間中心主義の象徴だからです。人間の死や愛の物語である、西洋人の典型的な様式のオペラに、どうやったら日本人が一矢報いることができるのか?と考えました。そして「中心にある人間を引っこ抜いてしまおう。むしろ人間がいないほうが、オペラが扱っている生と死といったテーマを表現できるのでは」と思い、この作品をつくりました。これは『THE END』から続いている問題設定です。

タイトルは、「不気味な美しさ」という意味です。日本語でいうと「キモカワ」みたいな感じで(笑)、「気持ち悪い」と「美しい」は、なかなか結びつかない正反対の言葉ですよね。だから、ニヤッとする人も多いんですけど、反対の要素が共存するほうが面白いですね。

また、最近は特にヴォーカルの開発に力を入れていて、僕が弾くピアノにアンドロイドが即興でついてこられるようになりました。まったく打ち込みをせず、本当にその場でやっているのです。

『Heavy Requiem』(2019年)

また、2019年9月にはアルス・エレクトロニカで仏教音楽・声明とエレクトロニクスによる新作『Heavy Requiem』を発表しました。

宗教音楽にずっと興味を持っていて、ようやく手が出ました。『THE END』以降、「生と死の境界線」「テクノロジーと人間の境界線」が作品の大きなテーマになっています。

『ミッドナイトスワン』(2020年)

一番最近やった仕事は、「ミッドナイトスワン」という草彅剛さん主演の映画音楽です。

トランスジェンダーの主人公と親の愛情を知らない少女の愛を描いた作品です。このピアノソロ曲は、確か一週間で仕上げました。

杉山

作品中心に話していただいて、ありがとうございました。

先日『ミッドナイトスワン』の公開が始まりましたね。僕は年齢も高いので映画館に行くのは遠慮していますけれど。最近のプロモーションの手法だと思うのですが、YouTubeに15分に及ぶ長い予告映像が上がっているのです。僕はそれを見ただけで泣いちゃいました。ミッドナイトスワン、やばいですよ。渋谷さんがおっしゃったように、ピアノソロだけで2時間の映画音楽を作られていて、これが素晴らしいのです。すごく評判がよくて、CDがAmazonで売り切れらしいです。こんなこと珍しいですよね。

あと、僕が渋谷さんの音楽と知らずに聴いていたのは、2010年の『SPEC』というドラマでした。渋谷さんが音楽を担当していたんだ!と驚きました。10年前の作品だから、みんなは見ていないかな。ここからは渋谷さんに色々と質問してみたいと思います。

2. 渋谷慶一郎氏×杉山知之学長 トークセッション

杉山

渋谷さん、学校で作曲を勉強された後、プロとして活動していくわけですけれど、驚いたのは卒業後にすぐ自分のレーベルを立ち上げているのですよね。レコード会社に所属するのではなく、自分でレーベルを立ち上げたのはなぜですか? クリエイターの生き様として、知りたいなと思います。

渋谷

周りの状況を観察するのが好きなんです。「社会状況に対して、自分がどういうことをしたらインパクトを出せるのか」ということは考えています。ゲームのような感覚なんですけど。あとは父親が社会心理学をやっていて、そこからの教えもあると思います。

大学在学中から音楽の仕事は始めていたのですが、その当時に社会状況の大きな変化がありました。1998年にPro Toolsという音楽ソフトウェアが出て、今までのテープからコンピューターで録音を行う時代になったんですね。まるで全身整形みたいに歌声を変えられるので、どんどん歌が下手な歌手が現れてきました。すると、音楽が売れなくなっていったのです。アレンジャーとしてキャリアは増えているのに制作の予算が下がったりして、「ここにいても未来はないな。自分で作品を作ったほうが有意義なんじゃないか」と考えました。

この頃、ピアノや五線譜といったこれまでの形とは逆の、コンピューターミュージックの新しい流れが出てきました。MacBook一台で作品制作を完結できるということに衝撃を持ちました。これまで自分がやってきたことが、なんて身が重いのかと。

そもそもピアノは、すごい発明でした。かつてチェンバロからピアノが主流になった時、音楽そのものがガラッと変わったのです。和音が弾けて、音が伸びて、新しい表現が可能となったからです。今回のコンピューターミュージックの新しい流れによって、五線譜が書けなくても音楽を作れるようになりました。「ピアノの発明以来の、すごい現場に立ち会っているんだ」という実感を持ちましたね。

それで、今までやっていたアレンジャーの仕事を一気にやめました(笑)。2年程こもりっきりでレコーディングを行い、その後にコンピューターミュージックのレーベルを作りました。

杉山

そういうことがあったんですね。デジタルハリウッドの学生の中にも、いつかは自分の作品で勝負したい人が多くいます。渋谷さんは、どうやって自分の作品をアピールしていったのですか?

渋谷

僕は色々遠回りもしましたけど、今思うのは、3年我慢して自分の作品だけやることが、遠回りに見えて一番近道ではないかということです。いろんな仕事やプロジェクトに参加しましたけど、名前を知られる以前の仕事はどんな偉い人と一緒にやっても、それは“誰かの仕事”です。自分が社会の一員になった気分にはなれますが、あまり役に立ちません。それだったら、誰にも振り向かれなくてもいいから、自分だけの作品を作ることを徹底的にやったほうがいいのではと、自分の後悔も含めて思います。

杉山

確かに、そういうケースはうちの学生にも多いですね。大学生のうちに現場に入れて、誰かの仕事で重宝されて、稼げるようになってしまう。最初は自分の作品を作りたいと思っていても、だんだん業界の波に飲み込まれて、一般の人には知られないスタッフのままでいる…という人も多いです。我慢してとにかく自分の作品をつくり、メシが食えなくても頑張るほうがいいですかね?

渋谷

僕はそのほうがいいと思います。大変なのはわかります。僕もそうでした。1年か2年、納豆とエノキとご飯しか食べない時期もありました(笑)。

杉山

いい話ですね(笑)それはさておき、僕が渋谷慶一郎さんがすごいなと思ったのは、初音ミクのオペラの作品です。なんとなくクラブミュージックでお名前は聞いていましたが、「こういうことをやる人なんだ!」と驚きました。藝大出身のクラシックの流れで、ああいったアプローチを取るのは勇気がいることだと思ったのですが、どういう感覚でできたのですか?

渋谷

それまでは無機質だったり、ミニマルな作品が多かったので、初音ミクを発表した時には「裏切られた、やりやがって!」という反応もありました。でも、あの作品に賭けていたんです。40歳になる前に自分の代表作を作らねば、という思いでしたね。あの頃はインスタレーションに夢中でしたけど、自分の能力を総合的に発揮できるのはなんだろうと考えた結果、あのアプローチに至りました。

作品を作り始めたときはあれほど初音ミクがフィーチャーされるとは思っておらず、だんだんその存在がモンスターのように大きくなっていったんです。また、初めて映像アーティストの方とガッチリ組んだことも大きかったです。映像の人って、言い方悪いですけどあまり深く物事を考えずに「これかっこいいじゃん!」で突き進むんですよね(笑)。僕は考えすぎるタイプなので、このコントラストは面白いなと思い、今までにやったことがないことができると感じました。それで、初音ミクのオペラという方向にグッと舵を切ることができたんですね。

杉山

なるほど。僕もあの時、初音ミクが流行ってきていて、渋谷さんが取り上げるということで「へー!」と思ったんですね。パリの公演をみて本当にびっくりしました。何がすごいって、ちゃんとオペラという形になっていたし、深いものだったんですね。それが、なおかつパリの聴衆に届いたなという気がしたので、「なんか起きたな」という感じはビデオからも伝わってきました。実際はどうでしたか?

渋谷

パリの公演は超満員で大成功でした。2日間のチケットも30分で売り切れ、追加公演も15分で売り切れました。よくなんでそんなに売れたんだ?と聞かれるのですけど、初演の数ヶ月前にフランスの『ル・モンド』という新聞が取材に来てくれたので、こういうコンセプトなんだとかいうことを喋りまくったんですね。それでこれは面白いかもしれないっていうことになって、カラーの特集を何ページも組んでくれて。なかなかありえないことだと思うんですね。日本のアーティストの中には「僕はしゃべりません、作品を見てください」という人も多いのですが、日本の外に出るとどんなに内容が良くてもそれでは伝わりません。自分が何を伝えたいのか言語化するということは、すごく大事だとこの時に思いました。

あと僕が思うのは、一つのジャンルのお客さんだけで埋まっているコンサートは貧しいということです。たとえばオタクしかいない、テクノロジーマニアしかいない、など。僕は、色々な層の人が来るようにしたいという気持ちがあり、この公演も年配のお客さんから小さい子どもまでさまざまでした。多種多様性は獲得できたと思います。

杉山

そして、その後の8年間が、渋谷さんの快進撃だと僕は思っています。クリエイティビティがどんどん発揮されていったと思うのですが、その「次々と作品を生み出せる状態」って、どうやったらできるんでしょうか。何か秘訣はありますか?

渋谷

作品を生み出さないと生活できない状況にしておくこと、ですかね。僕はそうなんですよ。レギュラーで教えるような仕事もないし、音楽を作らないと生活できません。それだけでやってこれているのは、ラッキーなことだと思うんですけど。人間は弱いので、ある種の安定みたいなことをすると「今日じゃなくてもいいや」と思ってしまいます。「今日これができないとやばい!」というのがないと、たくさんは作れません。で、たくさん作らないと上手にならないですね。

あと、僕は作業時間がすごく長いです。午前7時か8時から始めて、夜の12時くらいまでずっとスタジオで作業したりすることがほとんどです。取材とかも絞っているので、他にやらなくちゃいけないことがそんなにはないから、ひたすら作業や制作をできているというのが一番大きいのではないでしょうか。

もう一つ、コラボレーションから啓発されることもあります。自分から「この人とやらせてください」と言うのではなく、偶然知り合ったり、たまたま頼まれたりする人と組むのですが、その際に「まあいいかな」と思うようなコラボレーションはやりません。すごく時間を割くことですので、「この人だったら自分の制作時間をシェアしても構わない」という人とだけ組むようにしています。そうすると、すごく知識は広がりますし、自分自身としても勉強しないとコラボレーションできないので、それによってアイディアが出てきます。

杉山

なるほど。コラボレーションで相手をうまく選ぶことによって得ていることもあるのですね。よく学生から「インプットはどうすればいい?」という質問がありますが、それがインプットになっているからこそ、アウトプットできるということがわかってきました。次の質問ですが、アンドロイドとの出会いはどういうものでしたか?

渋谷

初音ミクの公演がパリで成功して帰る時に、劇場の支配人が「次は何をやりたいか」と聞いてきました。「アンドロイドでオペラをやりたい」と言ったら、「それはいい、やろう」と。その時は「日本人はすごい」という風潮がパリで起きていて、次の公演は技術も脚本もすべて日本人でやるという構想があったのですが、残念ながら実現されませんでした。フランスは国がスポンサーなので、財政破綻で何もできなくなってしまったのです。2015年に構想が崩壊し、その後も何もできず、2018年までは非常に嫌な時期でしたね。

杉山

そうだったんですね。アンドロイドに指揮だけさせるのは色々な人がさせていたと思いますが、あの作品で驚いたのはアンドロイドが歌い出した時でした。あれはびっくりしましたね。不思議なことが起きているような…。指揮者自身が歌うのは普通はないですよね。

渋谷

2014年にパリのパレ・ド・トーキョーでやったときはアンドロイドの動きが悪くて、満員のお客さんが5分で帰ってしまうことがありました。すごくショックで、動きをなんとかしたいと思い、そこからいろんな開発が始まったのです。

指揮者が歌ったのは、アンドロイドのオペラなので通常のオペラと違ってもいいんじゃないかと思ったからです。テクノロジーに従属する人間、たとえば話しているのにずっとiPhoneを見ている人がいますが、それも一つの従属状態だと思うんですね。こんなことはごく一部ですけど、そうした転倒を端的に表すのは面白いのではないかと思いました。

杉山

まさに見ている人はそういうことを感じたと思います。未来は、機械がこっち側を支配しているように、我々が特に感じるということですね。確かににそうなんですけど、渋谷さんが即興で弾いたものに対してアンドロイドが即興で歌い返す作品がありますよね。あれって、実際にやっていてどんな感じなんですか? 自分の支配下、それともやりとりになっているのでしょうか。

渋谷

人間同士の即興演奏ってコミュニケーションでもあるけれど、得意なところを見せるという側面もあり、予定調和になりやすいです。特にお客さんが入っていると、どうしても「いいところを見せたい」という欲望に負けてしまったりね。アンドロイドの方が予測不可能性が高いというか微妙なラインで返してきますね。

アンドロイドからは人間の自我とは違うレスポンスがくるので、終わりません。気がつくとすごい長い時間演奏していて、支配下に置くどころか、こっちが弾かされている状態になっていたりね。やりとりがつまらなくなったら、自分の責任だと弾いていてわかります。鏡みたいなものですね。

杉山

あれを見て、僕は自分を一介のエンジニアだと思っているのですけど、本当にコンピューターは速くなったんだなと感じました。最初のコンピューターのスピードだったら考えられません。あれだけのやりとりが、今の学生が持っているパソコンでできてしまうという能力をもっているんですから、すごいですよね。渋谷さんは、これからも最新のテクノロジーの方向性を追求していこうという姿勢なんでしょうか?

渋谷

そうですね。オリンピックが開催予定であった8月に、子どもたちとアンドロイドが創る新しいオペラ『Super Angels スーパーエンジェル』を公開予定でした。今までの集大成のような作品です。

杉山

来年のオリンピックが開催されれば、僕は見られるのかな。すごく楽しみです。さて、『ミッドナイトスワン』のCDが売り切れているそうですね。ずっとアンドロイドとの共演を見ていて、今回はしばらくぶりに全くのピアノソロが来ました。これは、ある程度のテーマとかは作っていたとしても、実際の映画を見ながら弾いたのですか?

渋谷

全部そうですね。ラップトップにNuendoというDAWのソフトが入っているのですが、そこに映像を貼って、台詞の間にこの音楽を…とシーンを追って作っていきました。一週間はまさに缶詰で、コンビニに行くのも躊躇するくらいでした(笑)。

これはグランドピアノで弾いているのですが、ピアノって面白いんですよ。パジャマで頭もボサボサで、ぽん!と弾いた音が一番良かったりする時がある。他の人がいるとそういうことができないので、マイクも自分でセットして、エンジニアも自分自身でやっています。

杉山

近くでマイクが拾っている音がしたので、なるほどと思いました。ピアノってぽーんと押すだけだから誰が弾いても同じ音だと思われがちですけど、そんなことはないですよね。ミュージシャンによって違う音色がします。すごくいい音で、一つ一つに色があるように録れていて、これはこれでピアニストとしての力量をすごく感じました。

渋谷

コンピューターでずっと音をつくっていると、何回もループして作っていくじゃないですか。「ガリガリ」「ザー」という音も、「これじゃない」と追求していきます。譜面では表現できないことなのですが。ドミソという音を弾くにも、「この響きじゃないとだめ」と思って弾くので、そうやって音色を決定していくことは多いです。コンピューターとピアノを行ったりきたりしていることは、自分にとって大事なことです。

クラシック音楽を聴けということは全然ないけれど、あのピアノの音よりも複雑で面白い音色をコンピューターでつくろうとするとやっぱり難しいです。テクノだけを聴くとかではなくて、もう少し幅を広げて聴いたり見たりすると、「やっぱりこれじゃだめだ」ということに気づけると思います。

僕、ものをつくるって、否定から始まると思うんですよ。当然自分はどっかでできると思っていないとやってられないけれど、「これいいじゃん」と思って作っている人はだいたいだめで、「これじゃだめ、これじゃだめ」と思いながら作った方がやっぱりいいものができる。それには、色んなものを知っていたほうがいいかなと思っています。

杉山

わかりました、ありがとうございました。私が聞きたいことをたくさん聞いてしまいました。全てストレートに聞けるということは講演の良さなので、すみません。ここから、学生からの質問を受けたいと思います。どんなことでもいいですよ。

3. 質疑応答

杉山

学生からの質問です。「立体的な音の場合と、そうでない場合の音の作り方の意識的な違いはありますか?」

渋谷

立体的というよりも、音の運動方向ですね。この「ガー」という音が、何秒かけて、どこから移動するのかを意識します。音色が運動によって作られるというのは、普通はありません。すごく違うのが、低音が移動するというところです。

テクノとかハウスとかの音楽では低音は安定した土台として刻んでいて、その上にいろんな歌が入りますよね。一方で、たとえば飛行場に行くとドキドキすると思うのですが、それは低音を含みながら移動するというのが通常の音楽に存在していないからです。低音を動かすということができるのは立体音響だからです。

僕は海に行くのが好きで、海でマッサージを受けていた時に思ったことがあります。「波の音は非周期的で、周期じゃないのに、気持ちいいのはなぜだろう?」ということです。その答えは、スピーカーじゃないからだと思いました。波や飛行機は面で動いているから、規則正しい反復音はどうでもよくなります。このように一つファクターがあると、基準は全部変わるんですね。

杉山

次の質問です。「気持ちがいい音と、脳に刺さってしんどい音の違いはなんですか?」

渋谷

僕は全部、気持ちいいです。でも、これは一般的には気持ちいいとか悪いということがわかるので配分は考えたりもします。

僕は、エンターテインメントだと思って音楽をやっていないです。お客さんを気持ちよくさせるのが最優先じゃないんですね。自分がやりたいようにやるけれど、色々な要素の配分で作品が成立するかが決まります。なので「気持ちいい、気持ちよくない」はどうでもよいというか僅かなことです。

杉山

まさに産業の中でエンターテインメントを作っている人と、アーティストとしてやっている人との違いですね。

渋谷

とはいえ、僕はエンターテイメントのジャンルの仕事もしますけど。ただそういう時にも、エンタメのスタンスじゃない人がいてもいいのではと思っています。みんなが同じ方向を見ている必要はないし、それ自体が個性になりますし、変なやつがいると思ってもらえばいいので、それもやっぱりバランスだと思います。

杉山

次はよくある質問です。「やはりオリジナリティは大切ですか?」

渋谷

大事だとは思うんですけど、それだけ考えていると本当につまらないものしかできないです。まずは直感的にやってみて、それから何かに向けることはそんなに悪いことではないと思います。たくさん作品をつくっていれば、誰かの真似をしてつくろうとすることがあってもいいと思います。年1本しか作らないならだめですけど、「今日はこの気分だからこの人みたいに作りたい」とか、割と自由に考えてもいいのではないでしょうか。

杉山

次の質問です。「渋谷さんは自分の作品づくりで行き詰まった時に行なっていることはありますか?」

渋谷

厳しい言い方かもしれないけど、何にも出てこないことがしょっちゅうある人はやめたほうがいいかもしれないです。曲が出ないということはないです。形にできないとか、他のことに忙しくてできないということはあるけど、5分で作れって言われたらできます。『SPEC』の時は、忙しくてメインテーマを15分くらいで作りました。時間かければいいというものではありません。何か作ろうと思った時に作れないなら、他の仕事を考えたほうがいいかもしれないです。アーティストになることが全てじゃないですし。

杉山

ものづくりにはいろんな職業がありますしね。さて質問です。「以前Mutekに行った際に重低音やノイズの作品がたくさんあって面白いと思っていましたが、いまいち知識がなくて楽しめませんでした。どういう視点で行くと楽しめますか?」

渋谷

それは音楽があんまり面白くなかったんじゃないかな(笑)。ノイズや重低音が面白いというのは一般化しましたけど、僕はある時期から興味を失ってしまいました。ノイズや重低音はJ-POPやクラシックなどの既存の音楽の“アンチ”ということだと思うんです。それがどんどん無効化して、力を失っているのではないでしょうか。二項対立で「反対するものが有効」ということには、あんまり期待できなくなっています。二つの対立軸のどちらかが優勢になるという考えとは別の発想で作ったほうが未来はみえるという気がしていて、重低音やノイズを新しいと思ってやっているのに遭遇すると「まだそこにいるのか」思ってしまいます。

杉山

次の質問です。「頭から惚れていくものと、心から惚れていくものの違いがあるというのはどう思いますか?」頭から惚れていくとは、知識で音楽を聴くということでしょうかね。

渋谷

知識を持っていることの利点は、「その知識を忘れられる」ということではないでしょうか。知識がなかったら、忘れることはできないんですよ。なので一回目についた知識を捨てるということはすごく大事です。そういう意味で知識を勉強することは良いことだと思います。

何かを作るときに知識は役に立ちません。知識があったからといって作品を作れるわけではありません。あんまり頭と心を分割する必要はないのではないでしょうか。

杉山

知っているからこそ、忘れてものを見られる。素晴らしい考えですね。さて、最後の質問です。今、すごい時代じゃないですか。コロナもあって先が見えない状況ですが、テクノロジーは発展していて変化が大きいですよね。渋谷さんは、自分の未来をどう位置づけていて、どのように描いているのでしょうか?

渋谷

今はコロナでみんな離れていて、「いつかは一緒に会場で楽しみたい」と言いますが、もしコロナが落ち着いてもそうならないのでは?と思ったりもします。リモートワークが進むと個人が拡張されて自由を手に入れます。たとえば誰かとチャットをしていても、レスポンスが遅い人がいたらその間にSNS見たりしちゃいますよね。生活がマルチウインドウ化していて、それが普通になっているのです。

先日、すごく久々にDJがプレイしている現場に行ったんですけど、内容は素晴らしくてもザッピングしたくなったんです。つまり、すごく盛り上がるピークのためにタメの平坦な数分を我慢するみたいなことから、日常が離れ始めているんじゃないかと思いました。音楽もデジタルテクノロジーが生活に与えた自由をさらに上回る自由と過剰な変化があってもいいのでは、と思いました。

杉山

最後に、月並みですが、200人の若い学生に「これだけは先輩として言っておくよ」というメッセージをお願いします。

渋谷

断片的な“つくりかけ”の作品を作ることは、簡単なんです。一方で、完成させることは難しい。

CDの時代は終わったと言いますが、CDって一度出したら後から変更が効きませんよね。美術館も一度展示したら動かせません。つまり、これで完成したという“変えられない瞬間”がある。一度完成したら、それに対して何を言われても何もできません。

完成まで持っていくことは勇気がいることだし難しいと思いますが、かっこいい100の断片を作るより、一個の完成を作ることのほうが前進します。「これで完成です、誰に何を言われてもいいです」というものをつくる癖をつけることが、一番大事ではないでしょうか。

杉山

まさに伝えたいことでした。素晴らしい話でした、渋谷さんありがとうございました。

   

平野紫耀さんが登場!デジタルハリウッド大学新CM『みんなを生きるな。自分を生きよう。2024』

本気で夢を追うって
簡単じゃないんだってマジで

これから先、諦めたくなる瞬間が
かならず来る
もちろんおれにもくる

でも、その夢を実現できたら、
きっと「最高だ!」って思えるんだよ

だから、とにかく一歩踏み出す
その選択が正しいかなんて、
今の時点じゃ誰にも分かんないし

最終的に、自分の道は、
自分で選ぶしかないでしょ!

みんなを生きるな。
自分を生きよう。

本気で夢を追うって
簡単じゃないんだってマジで

これから先、諦めたくなる瞬間が
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もちろんおれにもくる

でも、その夢を実現できたら、
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最終的に、自分の道は、
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みんなを生きるな。
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